ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』

一ヶ月かけて(私の中では早いほう)、ガブリエル・ガルシア=マルケス著『百年の孤独』(訳・鼓直、新潮社)を読み終わりました。
権威に弱い私は「ノーベル文学賞受賞者」という著者の経歴と、「この作品を書いただけで彼はノーベル賞に値する」というアマゾンかどこかのレビューその他につられ、手を伸ばしたのでした。

1967年発表ながら文庫化されておらず(私は本を購入する時は基本的に文庫を新品で買います)、定価2940円のハードカバーを買うはめに。
果たしてこのやや高価な買い物に満足できるのだろうかという一抹の不安と、どんな壮大な物語に出会えるのかという大きな期待を胸に、読み始めました。
そして一ヶ月、読み終わった感想を一言で言うならば、

「ああ、小説だった」。

そう、「小説は人間を描いてナンボ」(大胆に定義するならば「小説=人間そのもの」)と信じて疑わない私が思うところの「小説」を、地で行く小説だったのでした。

あらすじの紹介は帯に記された宣伝文句が良かったのでお借りします。

「蜃気楼の村マコンド。その草創、隆盛、衰退、ついには廃墟と化すまでのめくるめく百年を通じて、村の開拓者一族ブエンディア家の、一人からまた一人へと受け継がれる運命にあった底なしの孤独は、絶望と野望、苦悶と快楽、現実と幻想、生と死、すなわち人間であることの葛藤をことごとく呑み尽くしながら……」

内容をよく表しているように思います。さらにこんなキャッチコピーもついていました。

「愛の孤独をめぐる人間劇場の放流」

これ以上に言えることはないぜ、と言いたくなるほどのキャッチコピーです。内容はまさにそう、人間劇場でした。しかもある一族という、我々も馴染みの深い人間関係、つまり家族関係の。

再びアマゾンのレビューを少々拝借する(というか真似る)と、

「長い歳月が流れて銃殺隊の前に立つはめになったとき、恐らくアウレリャノ・ブエンディア大佐は、父親のお供をして初めて氷というものを見た、あの遠い日の午後を思いだしたに違いない。」

という書き出しで始まる(ここまでが真似)この物語は、この文章からもわかるように、過去と現実と未来が複雑に交差(場面が飛ぶのではなく、こういった記述により読者の意識だけ時空を越えさせる)し、そこにさらに現実と幻想が入り交じるという、夢を見ているような、それでいて真実である物語(ここでいう真実とはもちろんノンフィクションの意ではなく、「人間の真実」くらいの意味です)。

ホセ・アルカディオとウルスラ夫妻がマコンド(これは架空の村ですが、作中には実在する地名や人名はわんさか出てきます。そして他者の作品の登場人物も当たり前のように出てきます。まさに現実と空想の混合世界)にやってきたところから始まり、彼らと彼らの子供達が村を大きくしてから、彼らの子孫により退廃してなくなるその日まで、ブエンディア家7世代の生き様が綴られています。

家族でありながらどこか他人行儀な人々。血以外に繋がりなどないのではないかと思えるほど殺伐とした関係は、まさに「孤独」。同じ家に住みながら、彼らはいつも孤独なのです。
しかしながらその「孤独」と運命(血とも生き様とも言える)を、子孫は受け継いでいきます。

繰り返される出来事、繰り返される言葉、そして何より、繰り返される名前(ホセ・アルカディオは初代を含め4人います。アウレリャノに至っては22人!)。
正直、混乱します。記憶力に自信のない私は何度も家系図を見直すはめに。しかし、ブエンディア一家が繰り返される運命から逃れられないように、気が付けば読む者もまたこの物語から逃れられなくなっているのです。

似たような場面に何度も出会いながらも、物語は着実に前に進んでいる。しかし同時にそれは村の衰退、一家の衰退を意味しているわけで、特に一家の断絶という結末に突き進む後半は、村が勃興し活力溢れる前半と違って、物語は冗長気味になります。
それは栄華を手にした人間が同時に怠惰を覚え、欲情に目覚め、溺れていく姿であり、小さいながら一つの歴史を築いたブエンディア家の栄光はあっけなく、つまらなく朽ち果てていきます。

状況を完全に把握することなくページをめくり、アウレリャノ大佐の目的がわかるようなわからないようなまま彼の戦いをとりあえず応援する。
誰がいつ死に、誰がまだ生きているのか意識できないまま、その誰かの思い出話が呼び戻される。
死人が霊となって現れ、生き人がそこにいないような扱いを受ける。
空を飛んだり、昇天したり、食器が勝手に動いたり、巨人になったり、百数十年も生き延びたり。
あり得ない事象が繰り返されながら、そこには人間の本質が浮かび上がっています。

何がしたいのか、何の為に生きているのか、何故生きているのか。
ブエンディア家の生き様にそう思わずにはいられません。
本人以外はそこに価値を見いだせない小さなことに拘り続ける人々。
とてもかしこいとは思えない挑戦ばかりし続ける人々。
ハンモックの上でセックスばかり繰り返す日々。
木に繋がれ雨に打たれ続け日に照らされ続ける日々。
「そんなことあり得ないだろう」と笑いながら、悲しみを覚えます。そこに人間の営みの虚しさが漂っているからです。
これはフィクションだから、と簡単に片付けられないのは、そこに自分と共通するものがあるからです。

血あるいは遺伝子の受け継ぎを考えた時、多くの人は身体的特徴を思い浮かべるかもしれません。父に似た目元、母に似た口元、白髪なのは母方、身長が低いのは○○家の遺伝だ、と。
私は弟のことを思います。かつて偏見の対象にもなった病気を、祖母から受け継いだ弟を。

運命を考えた時、私は自分のつまらない癖を思います。
母を苦しめ続けた、今は大嫌いでしかない父が犯し続けた過ちを私も犯していることを。
これを運命で片付けるのは言い訳でしかないとわかっていながら、そこに何も繋がりがないと否定できないでいる。

私の存在は両親がいてこそ。それはいまや両親が別れてしまっていても変わりません。例え生まれた時から一方あるいは両方の顔を知らなくとも、誰かと誰かの血を受け継いでいるということは、否定しようのない事実です。
そして当然ながら、その両親もまたそれぞれ両親(祖父母)を持っているのです。遡れば遡るほど、私たちは多くの人間の血と運命と名前とを受け継いできたことを思い知らされます。
そのほとんどの顔を知らないままに、同じものを受け継ぎ、それが体の中を流れているという事実は、恐ろしくも感じます。

私の父方のいとこには男の子がいません。
私の弟2人が家庭を持ち男の子を作らなければ、父方の血(いわゆるY遺伝子なのだろうか)と姓は私たちの代で廃れます。今、その可能性は実に大きかったりするのです。
ふとしたことで、また小さなことの積み重ねがこうやってあっけなく、受け継がれてきたものを途絶えさせてしまう。
ブエンディア家の消失に、我が家(もはや私にとって家族としての繋がりをいつも感じていられるのは母だけになりましたが)を重ねてしまいました。これは決して大げさではないと思うのです。

たとえ歴史の教科書に載らなくても、私たちは皆歴史を持ち、歴史となっていく。
大事を果たすこともなく、誰からも敬われることもなく、その場しのぎの出会いと別れを繰り返しながら、小さな社会(その最小単位は多くの人にとって家族である)で生きているだけでも。

これまでの歴史の中でも、ブエンディア家のように途絶えてしまった一族はそれこそ数え切れないほどあるのでしょう。そして今この瞬間にも、消えかけている血が、運命がある。
ブエンディア家の歴史はブエンディア家だけの歴史ではなく、人類がすでに何千年以上も繰り返してきた、そしてこれからも繰り返し続けていくであろう物語、まさに人類の歴史そのものなのかもしれません。

熱帯地方(南米)の湿った熱気と乾いた大地が香り、人々の生活の匂いだけでなく体臭(生死関係なく)さえも漂ってくる、「人間劇場」でした。

  • 著:ガブリエル ガルシア=マルケス 訳:鼓 直
  • 出版社:新潮社
  • 定価:2940円(税込み)

百年の孤独
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書評データ

6 Comments
  1. 百年の孤独ー
    荒唐無稽。途中まで読んで挫折しました。
    予告された殺人の記録ーは、読みました。
    高度なためか、面白さが分からず、続けてガルシアマルケスを読めませんでした。
    アランドロンの息子でしたか?映画になったのは?????
    母ははまってました。本はみんなに回し読みされ、戻ってきません。
    書評でなく、本を読んだ記憶。

  2. >龍の目さん
    私はマルケスの作品はこの『百年の孤独』しか読んでいないので、『予告された殺人の記録』についてはよく存じません。調べてみたら、アラン・ドロンの息子さんは映画に出ているようですね。
    『百年の孤独』は仰るように荒唐無稽な物語です。現実と幻想が入り混じり、何もかもやりたい放題といった感じで。ただ、その中で浮かび上がる人間の姿が清々しいくらいに愚かで馬鹿馬鹿しくて、「人間ってこんなもん」と良い意味で諦めのつくような作品だったと(今にして)思います。
    人間…ましてや自分は決して偉いものでも立派なものでもなく、そうならなければならないわけでもない、と改めて思いました。それを再確認できただけでも読んでよかったと思います。

  3. 昨年のお正月
    テレビを点けると
    外国人で
    いやに陽気な人がインタビューを受けていました。
    え?誰?
    スペイン語放送なので 私は全く会話の意味が分からなかったのですが
    その人の醸し出す空気から余程の人と思われ
    まさか
    ガルシアマルケス?
    と言ったら
    字幕が出て
    ガルシアマルケス本人でした。
    ああ やはりすごい才能なんだなあ と思ったのを今思い出しました。
    すごく明るい人でした。会話は私には分かりませんが。横で訳してくれてました。
    百年の孤独 あまみさんの書評のおかげで再トライしてみます。
    そしたら父母とも遅まきながら会話ができそうです。ありがとうございました。

  4. >龍の目さん
    マルケス氏は陽気な方なんですか!私の抱く南米のイメージそのままと思ってよいのでしょうか。。
    またトライされるということで。読み終わったら、ぜひご感想聞かせてくださいね!!
    それにしても、家族で同じ本の話ができるって羨ましいです。うちは同じ本を読むなんてことはないので(^^;

  5. いつになったら読み始め終わるか分かりませんが
    あまみっくさんのように 本を読めるかどうか
    感じて 表現できるかどうか
    読んだら またあまみっくさんの感想を読み返してみたいと思います。
    一昨日母に どうだった? と聞くと
    ガルシアマルケス?
    面白いわよ まあ 読んでみなさい
    で おしまい でした。

  6. >龍の目さん
    本も好みというか「合う」「合わない」といったものがあるので、無理をなさらずに気が向かれた時にでも読んでみてくださいね(^^)

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