福井晴敏『亡国のイージス』

2000年に日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞、大藪春彦賞をトリプル受賞したという、福井晴敏による自衛隊推理小説。
あらすじはいつものようにWikipediaより。

海上自衛官である宮津弘隆が、自分の座乗艦であるミニ・イージスシステム搭載ミサイル護衛艦「いそかぜ」(艦番号はDDG183)に、特殊兵器「GUSOH」を持ち込み反乱を起こした。人質は首都東京、困惑する内閣。新人の部下如月を、そして自分の艦を取り戻すために飛び込んでいった先任伍長仙石恒史。

「守るため」に戦う2人の隊員は「俺たち」の艦を取り戻し、ミサイルの発射を阻止できるか。

いまいちわかりにくいあらすじですね(苦笑)。以下、補足にならない補足。

護衛艦「いそかぜ」の中で起きた現役自衛官達による反乱。日本の防衛、日本という国の在り方を問う彼らの前に、自衛隊は、そして政府はどう対応するのか。
まさかの上司による反乱に巻き込まれた主人公の仙石は、反乱分子に乗っ取られた「いそかぜ」を取り戻すため戦うが……。

小説の数ページをめくると登場人物の紹介ページがありますが、数十人の名前がずらっと書かれていて、読む前から「ついていけるだろうか」と不安になりました。しかし、一人一人の人物像を丁寧に描いており、その不安も徒労に終わりました。
この作品は推理小説であり、戦争小説であり、何より人間小説でした。これほどまでに、人物描写に時間を費やした小説はなかなかないのではないでしょうか。作者がすべての人物に愛着を持って書いているのがとてもよく伝わってきました。

人間が持つ「合理性」よりも「感情」に軸を置き、すべて感情から始め、感情に帰結させている点に好感が持てました。
合理的判断の愚かさも感情的判断の愚かさも-要するに「人間の愚かさ」を描きながら、しかしそれらを決して見下す態度はとらず、むしろ愛でてさえいる。その作者の姿勢がとても良かった。
小説を読みながら作者が気になることはあまりないのですが、こんなに作者が見えたことは初めてでした。物語の面白さはさることながら、その描き方、丁寧さに感動してしまいました。

数多くの登場人物の中で、主要人物となるのが主人公の仙石(「いそかぜ」先任伍長)、宮津(「いそかぜ」艦長)、如月行(「いそかぜ」第一分隊砲雷科一等海士)。
宮津が反乱を起こした理由から、如月が自衛隊に入った理由、「いそかぜ」を愛し『艦は我が家。クルーは家族』と信じて疑わない仙石の自衛隊人生。
もちろん、その他の人物に関しても、彼らの行動の裏に隠れた思考や性格、それが培われた人生そのものに焦点を当て、丁寧に描いています。

……というか、描きすぎだろう、と思うくらい描いています。
そのため、よく国語のテストに出されるような「どうして主人公はそのような行動をとったのでしょうか」といったような行間を読む必要がありません。
個々の人物に対する読者の解釈を拒否する、とでもいうか、許さないような感じさえ受けました。それが、作者の人物に対する愛着のように感じた理由でもあります。

何となく生きてきた者から、殺人まで犯して過酷な人生を生きてきた者まで、様々な人生が交錯していきます。それは「いそかぜ」という護衛艦から「うらかぜ」等その他の護衛艦、防衛省本部、政府といった様々な場所、立場、しがらみ、そして個人の思いの中で繰り広げられる。
人が集まれば、それだけ物事が複雑化していきます。そして一個人の思いさえも、単純化はできない複雑さを持ち合わせているんです。

エゴで他人を傷付け、殺める。一方で、他人を思いやる優しさもある。
相反する言動を繰り返しながら、それでも前に進んでいくのが人間なんだと、励まされます。
自分の感情をうまく表に出せず、周囲ともうち解けられず、これでもかと自分自身の愚かさを突きつけられながら、それでも「自分に今できることは何か」と自分の納得できる道を、最前と信じる道を探していく。
言い過ぎかもしれませんが、人間賛歌のエンターテイメントであると思いました。

一番好きなのは最終章。戦いを終えた後のそれぞれの道です。
「これじゃあ映画(映像)はいらないよ」と思ってしまったほど、読んだだけでその場面の風景が目の前に広がっていきます。とても優しく、美しい風景。
最後まで読んでよかった、と本当に思いました。一つの戦いを読み終わって疲れた頭を癒してくれました。

もともとこの作品に興味を持ったのは、この作品の映画版をテレビで観たからでした。映画もそれなりに面白かったので、この作品を読んだことのある方に話を聞いたら「映画はイマイチ」という。原作のほうが絶対におもしろい、と。それで文庫本を借りて読みました。
確かに、原作のほうがずっと面白いです。それに、これだけ人間の「心」「感情」に迫り、一つ一つの行動に意味を持たせ、それを隙なく描いた小説を映画化するとなれば、相当な力量が必要ではないかと個人的には思いました。
個人的な解釈すら許さないような緻密さなので、大変そうです。

文体はとても読みやすいです。テンポもいいですし、変な癖もありません。
ただ、長い!(笑) 字が詰まりすぎてるし!
もうちょっと改行するなりして空白増やしてもよかったんじゃないかと、思いました。

エンターテイメントとしては最高の出来だと思います。
自衛隊や北朝鮮、「防衛論」など、読む前には一種のイデオロギーのようなものがあるのではないかと身構えてしまいましたが、押しつけがましいものはなく、娯楽小説としても楽しめる作品です。自信を持ってお勧めできます。

  

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