本当に好きなものは誰にも薦めない

「自分の趣味は平均からだいぶずれている」と感じている方は、似たような考えをお持ちかもしれませんが……。

先日、弟に川端康成の魅力について聞かれました。

実用書ばかり読みあさっていた弟だったのですが、最近小説も読み始めたらしく、ふいに私に好きな作家について尋ねてきました。
私は川端さんの作品に惚れていますが、普段からその話を他人に話す機会はほとんどありません(残念なことに「川端康成が好き」と言っても大した反応は返ってこない)。
そのせいか、自分では川端さんに惹かれる理由はよくわかっているけど、それを他人にわかるように説明することができないんです。
そのせいで、弟の質問に困ってしまいました。
数十秒ほど返答に窮して、結局言えたのは、

「感性に直接ぶつかってくる感じが好き、かな」

と、こんなものでした。
稚拙すぎて自分でも泣けてきます(弟は理解してくれただろうか……)。

※  ※  ※

「好き」という感情は、理屈でなく直感的に生まれるものだと思っています。

好きになるのに理由はいらないけれど、別れるのには必ず理由がある

と、恋愛関係においてよく言われるますが、これはあらゆる事柄に通じるものではないでしょうか。
趣味だって同じです。

好きな本、好きな音楽、好きな映画。。
私は、本当に好きなものは他人に薦められません。オススメする理由を理屈で説明できないからです。
薦められない理由は挙げられるけど、薦める理由が見つからない。
好きだから見つからないのか、薦める理由がないものを好きになっているのか、どちらかはわかりません。
とにかく、薦める気になれないんです。

私が何かを薦めるのは、「誰でも楽しめる」確率が5割を越えている、と確信できた時くらいです。
そうすると、薦めるのは無難な作品ばかりになってしまいますが、それでいいと思うんです。

自分の趣味や考えを他人に押しつけることは、できるだけ控えるようにしたいと思っています。特に感性が重要となる事柄では。
日頃よく好きなものについて書いているのは、「へ~、この人こんなものが好きなのか」と参考にしてもらえたら、という理由からです。
ま、好きなものについて書くのは楽しいというのが一番の理由ですけどね!

私の好きなものを他の人も好きになってくれたら、それはそれでとても嬉しく思います。でも、この作品をこんな風に好きでいるのは私だけでいい、という独占欲と優越感にも似た感情が存在するのも確かです。
たぶん私は、後者のほうが強いんじゃないかと思います。
最初に書きましたけど、自分の趣味が平均とずれていると感じる人の中には、似たような感覚を持っている人はたぶん、結構いますよね?
何て言うんでしょうね、こういうの。

※  ※  ※

薦めるつもりがなければ、魅力を語る必要もなく、語る必要がなければそのための言葉もいらない。
川端さんの魅力を弟に伝えるのに言葉に窮してしまったのは、そんな理由からだろうと思います。
好きなものの魅力を語る言葉を知らない、というのは残念なことではありますけどね……。

2 Comments
  1. こんにちは、お暑うございます。
    お考え、よく分かりますよ。 
    でも、年寄りに解説されたくないでしょ(笑)
    それに、これは良くないかもしれませんが、残り少ない人生を考えると、他人にあれこれ言いたくなくなって来る。 面倒というより、それぞれの感じ方や考え方に関われないような壁を感じる。
    とにかくも、好きなものがあるなら、それでいいじゃん。 こっちもこっちでやってるからさって。 これ、かなりの老人病かしら。

  2. >iwamotoさん
    >それぞれの感じ方や考え方に関われないような壁を感じる。
    なるほど。そういう壁は、私はまだ感じたことはありません。
    「人は人、私は私」で「それでいいじゃん」でやっていると、稀に感性が重なる機会があると嬉しくなります。
    そんな感じで、お互いに強制しあうことなく、偶然の重なりを楽しむのもいいんじゃないかなあと思っています。
    なんだか支離滅裂ですみません。。

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