『ありふれた話』~アジアフォーカス・福岡国際映画祭2010

「アジアフォーカス・福岡国際映画祭2010」参戦3日目に見たタイの『ありふれた話』は、タイの裕福な家に住む障害者の青年と男性介護士の交流を軸に、様々なメッセージを盛り込んだ異色作でした。

一回見ただけでは理解できない難しい作品でしたので、大した感想になっていません、すみません。


障害を持つ一人の青年と介護士の男性との交流がメインストーリーではありますが、物語というよりは映像表現と言いたくなる作品。
時系列がバラバラな上、メインの物語以外に、監督が盛り込みたかったというタイのクーデターなどのメインとは一見関係のない映像が入り、この手の実験的な作品に慣れない私には少し難しかったです。
時系列がバラバラなのはすぐに慣れて何ともなかったのですが、ティーチインで監督の話を聞いてやっと意図や意味がわかったシーンがいくつもあって、なかなか一度見ただけではしっかり味わうことのできない作品でした。

個人的には、メインの青年と介護士の交流をもっとクローズアップしてほしかったです。この二人の話はとても好きだったので(介護士役の男性がほんわかしていて好感持てました)。
二人の仲が深まっていく過程をもっと丁寧に見てみたかったなと。でもそうすると、監督の意図から外れた映画になってしまうのかなあ。

監督のアノーチャ・スイッチャーゴーンポンさんは小柄な女性。
しかし可愛らしい外見とはうって変わって、舞台の上では堂々としていて強さも感じる女性でした。ティーチインでもかなり雄弁に、自身の考えを話してくださいました。
この映画はインディーズ映画らしいのですが、自分の主張したいことを詰め込んだようで、ティーチインでは一つの質問に対して二も三も答える、といった感じでした。
お話はとても興味深かったので、メモでも取っておけばよかったかもと終わってから後悔。
今は記憶もだいぶ曖昧になってきているので、覚えていることもありますが、書くのはやめておきます。。

私はこの作品のように表現が特異な作品は得意ではないのですが(シャレじゃないです)、思ったより受け入れることができました。
頭の中でメインの物語を組み立てながら、唐突に入る宇宙の映像などはそのまま何も考えずに見ることにして。
本当は監督が仰っていたように様々なメッセージが込められていたんですけどね(汗)。
あえて考えようとせずに映像をそのまま受け入れてみると、思いの外楽しめたので、それは発見でした。視覚的に楽しんだという感じです。

ただボーっとしてただけ、というわけではないですよ!(たぶん)

今回の映画祭で見た作品の中では異色の一品でした。そして私の(ショボイ)映画人生においても。

『ありふれた話』(原題:Mundane History/Jao Nok Krajok)
2009年/タイ/82分
監 督:A.スィッチャーゴーンポン
出演者:パークプーム・スラポンサヌラック、アーカネイ・チャーカム

実は監督の話を聞いて、もう一度見ようかなと思ったんです(少しだけ)。でも今回はできるだけ多くの作品を見ることを選びました。
もう見る機会はないでしょうね。。

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