『その街のこども 劇場版』

阪神大震災から15年経った昨年1月17日、NHKでドラマとして放送され、大反響を呼んだという『その街のこども』。その反響の大きさから、テレビ放映時にカットされたシーンを追加して劇場公開にいたった今回の劇場版。
ドラマを見逃して後悔していたので、映画化と聞いて絶対見に行こうと思っていました。
想像以上の素晴らしさでした! 

以下、ネタバレあり。

※  ※  ※

ストーリーはシネマトゥデイより。

阪神・淡路大震災で子どものころに被災するも、現在は東京で暮らす勇治(森山未來)と美夏(佐藤江梨子)は、追悼の集いが行われる前日に神戸で偶然知り合う。震災が残した心の傷に向き合うため、今年こそ集いに参加する決意をした美夏に対して、勇治は出張の途中に何となく神戸に降り立っただけだと言い張るのだが……。

主演は、ともに阪神・淡路大震災を経験したという、森山未來と佐藤江梨子。
どこからどこまでがフィクションなのか。あまりにもリアルすぎる二人の会話、表情、仕草、視線、涙に、心の震えが止まりませんでした。
「トラウマ」に触れて、思わず「あかん、あかん」と怯える森山未來。彼のあの演技は本当に演技だったのだろうかと、今でも思います。

新神戸駅で偶然出会い、三宮から美夏の祖母が住んでいる御影を徒歩で往復することになった二人。
十数年ぶりに訪れた神戸の街で、二人の会話はぎこちない関西弁から始まります。
かつて暮らした街を歩き、過去と向き合っていく中で、言葉は次第に自然さを取り戻し、溝さえあった二人の距離は縮まっていくのですが、しかし、寄り添うことはあっても、二人の人生は決して重なることはありません。
小さな旅の中で一つの壁を乗り越えた美夏に対し、勇治は超えることができないまま、神戸の街を去るのです。

同じ神戸の街で、同じ日の同じ時刻に同じ震災にあったとしても、体験した悲劇はそれぞれ違う。
私は震災についての知識はあまりなかったのですが(今もそんなにありませんが)、勇治の父親のエピソードにはショックを受けました。
外部の人間は、震災を「悲劇」だと、そこにいたすべての人々が「同じ悲劇」を経験したのだと単純化してしまいますが、決してそうではない。
生死という違いだけでなく、被害の規模も違えば、その後の人生もまた、それぞれ。
勇治の父親は震災をチャンスに変えて金を儲けた。そういう人もいたんですね。
被災者同士の間でも諍いはあり、抱えた苦しみを共有できず、それがさらに苦しみを生んでいたことも、私はこの作品を見て初めて知りました。
その街の人の数だけ、苦しみがある。

震災で負った傷がそれぞれ違うように、その傷を癒す方法だって、ペースだって、それぞれでいいんだということを、物語は語ってくれます。
一晩寄り添った二人が、またそれぞれの道を歩んでいくラストは優しさに溢れています。
一足先に道を渡った美夏。彼女が勇治を抱きしめたのは、背中を押してくれたことへの感謝であり、まだ壁を超えられない勇治への励ましでもあったように思います。
三歳年上、ちょっとだけお姉さんである美夏が最後に見せた、年長者の優しさだったんじゃないかと。

ラストは本当に、この作品の集大成でした。勇治と美夏が交わした約束に、一年後に劇場公開された意味を思ってしまいます。
今年のあの日、二人は再会したのでしょうか。
再会していてほしい。でも、たとえ再会していなくても、いいよね、と思えるのです。また来年……いや、もしかしたらもっと先かもしれない。でも、それでもいいよね、と。
勇治が信号を渡るその日を、美夏は何も言わず、でも笑顔で、待っていてくるような気がします。

一人で抱えるにはあまりにも大きくて重くて深すぎる傷を、背負ってしまったこどもたち。
大人と言われる年齢になって、二人は出会った。
二人は傷を負ったその街で語り合い、一人は苦しみの壁を一つ乗り越え、一人はまだ苦しみの中にいる。

震災が壊すのは人生そのものなんだと、強く感じました。
震災で人生も家も壊され、むき出しになった大人の汚い部分を見てしまったこどもたち。それでも大人に頼らなければ生きていけなかったこどもたち。
いつ張り裂けるかわからない心をギリギリのところで繋ぎとめて生きてきた、勇治と美夏を、森山未來と佐藤江梨子が本当にリアルに演じています。特に森山未來は、勇治のエピソードは本当に彼が体験したことなんじゃないかと思ってしまうほど。
ドラマとしては斬新なドキュメンタリータッチの映像が、二人の演技をさらに引き立てていました。

防災も大事だけど、深い苦しみをどうやって乗り越えなければいけないか、それをみんなで考えなければならない。

美夏はこのようなことを言います。これが、震災の記憶を風化させてはならない理由なのかな、と思いました。
私は震災の体験者ではありません。この映画を被災者の方がどう見るか、私にはわかりません。
ただ、震災について多くを知らない私こそ見るべき映画だったと、見終わった後に思いました。
普段は決して買うことのない映画のパンフレットを買ったのも、この作品の制作経緯と、震災のことをもっと知りたいと思ったからです。もちろん、パンフレットを読んでわかることなどわずかですが、それでも、わずかでも知ることから始めなければと。

震災のことだけでなく、生きることについても考えたくなる作品です。
何より、映画として素晴らしいんです。これがドラマとして放送されていたなんて、正直驚きました。
主演二人の演技が本当に本当に、良かった。

『その街のこども 劇場版』 公式サイト
2010年/日本/1時間23分
監督:井上剛
プロデューサー:京田光広
脚本:渡辺あや
音楽:大友良英
テーマ曲:阿部芙蓉美
キャスト:森山未來、佐藤江梨子、津田寛治、白木利周 他

※公式サイトの「著名人コメント」の欄から、この作品を見た一般の方のコメントも見られます。被災者の方たちも書き込んでおられるようです。よろしければ読んでみてください。テレビ版のサイトにもコメント欄があります。テレビ版はこちら

2 Comments
  1. 不幸の種類はその人数分ありますからね。
    幸いにもこの歳まで、そのような激しい体験をしたことがなく過ごしてきました。 現在、実家と呼べるものは広島にあり、わたしはそこで高校を卒業しました。 それなりに考えることはあります。
    友人が神戸にいます、その日は本当に屍を乗り越えて、仕事場から家まで7時間かけて歩いて帰ったそうです。
    とてもではないけれども、こんな経験をして、その後、生きてゆけるのか、笑えるのか、とても不安です。
    でも、何かがどこかで必ず起こっているのが世の中ですね。 大規模でなくても、ひとりに対してでも不幸はやって来ます。 本当に不思議な「生きてゆく」ということ。

  2. >iwamotoさん
    不幸がそれぞれ違うように、その乗り越え方、耐え方も人それぞれで、その「それぞれ」を互いに認め合うことが大切だと、映画を見ながら思いました。
    被災者と部外者の間だけでなく、被災者同士の間でも溝があるということは、ショックでした。
    いろいろ考えさせられる作品でした。でも考えるけど、それがうまく言葉としてまとまらないという感じです。
    機会があったらぜひ、ご覧になってみてください。

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