『信さん・炭鉱町のセレナーデ』

福岡の炭鉱町を舞台にした『信さん・炭鉱町のセレナーデ』を見ました。

久しぶりに、がっつり映画感想です。
ネタバレあり。

※  ※  ※

ストーリーは公式サイトより

昭和38年、美智代は故郷である福岡の炭坑町に小学生の息子・守とともに帰ってきた。炭坑によって支えられ、男も女も子供たちも貧しくとも明るく肩を寄せ合って暮らす町。
ある日、悪ガキたちに囲まれた守の前に一人の少年が現れ、あざやかに相手を打ち負かし守を救ってくれる。町では知らぬものはいない札付きの少年・信さん。
親を早くに亡くし、親戚にひきとられていた信さんは、いつも疎まれ厄介者のような扱いを受けていた。誰も自分のことなどわかってくれない、そう思ってきた信さんにとって、息子を守ってくれたこの事件を期にやさしく接してくれる美智代は特別な存在になる。
それは母親への愛のようであり、淡い恋心のようであり・・・。 けれど、信さんにもこの炭坑町にも、受け止め乗り越えなければいけない厳しい現実がすぐそばまで忍び寄っていた。

昭和38年、福岡のある炭鉱町を舞台にした作品です。
昨年公開された作品ですが、知ったときはすでに福岡での公開は終わっており(福岡公開は5月、全国公開は11月)、劇場で鑑賞できずにとても残念に思っていた作品です。
メジャーな作品ではありませんが評判が良いのは知っていたので、見る前から期待していましたが、予想以上に素晴らしい出来でした。

福岡(とくに筑豊地方や北九州地方)は、かつて炭坑で栄え、日本の近代化を支えた石炭の町でした。
この映画の舞台は衣島という架空の町になっています。炭鉱の島といえば、近年は長崎の端島(軍艦島)が有名ですが、作中では長崎県の池島を撮っているようです。

物語は昭和38年から始まります。まだ町が炭鉱夫やその家族たち、子どもたちの笑顔で溢れている頃。
しかし、そんな町にも影はあり、差別を受けながらひっそりと暮らす朝鮮人労働者家族や、炭鉱労働で体を患う労働者たちなども描かれています。
炭鉱町の光と影。時代の事情、大人たちの事情に翻弄されながら、少年たちの青春時代が描かれます。
そして訪れる時代の変化。
会社による大幅なリストラ政策、激しい労働争議。
さらに追い討ちをかけるように起きた、大規模な炭塵爆発事故。
事故では多くの人命が失われ、それをきっかけに町の衰退は加速、人々は島を離れていきます。

人々が離ればなれになる結末は寂しいものの、鑑賞後はとても優しく満たされた気分になりました。
この作品は原作も監督も福岡の方で、出演者の中にも福岡に縁のある方が何人もいます。
ロケも福岡や長崎、熊本とその多くが九州で行われ(楽天エンタメナビにロケ地特集が載ってます)、地元のエキストラも多数出演しているようです。
エキストラのぎこちない演技もなんだか愛らしく思えてしまうのは、作品全体に地元愛が溢れてるからかなあと感じました。
愛さずにはいられない、という作品です。

タイトルに『信さん』との名がつくように、この作品は「信さん」と呼ばれる少年が主人公なんですが、東京から引っ越してきた守という少年の視点(ナレーション)により、信さんの青春が描かれています。
とはいえ、前半は守のナレーションが入りながら、信さんの視点で描かれており、ちょっとした違和感がありました。
それが後半、昭和38年から40年代に時代が飛ぶと、視点が正しく?守へと移動します。
前半と後半の違いはそれだけでなく、丸刈りで泥で汚れたランニングシャツを着て走り回っていた守たちが高校生になった後半は、どこか空気が変わって、時代が昭和から一気に平成まで飛んでしまったような感じも受けました(それくらい雰囲気が違った)。
その中で、石田卓也演じる青年となった信さんだけが、前半の空気を纏っていました。
しかしそのことでやっと、タイトルに「信さん」がついている理由がわかりました。

「信さん」は、守や彼の母親・美智代にとって、島の、青春の象徴的存在でした。
後半になり、一人だけ先に大人になってしまった信さんに対して複雑な感情を抱く守や、自分に恋する少年がたくましく美しい青年になってどこか戸惑っている美智代の姿が描かれます。
前半では信さんが躍動していたのですが、後半は彼が柱となって、周囲の人間の戸惑いや悩みが浮き彫りになっていきます。信さんの心情などは深く描かれず、ただ漠然と存在だけがあるような感じです。
存在は確かなものでありながら、どこか幻のようでもありました。
守と美智代にとって、「信さん」という存在は青春であって、最後に2人が島を離れるのは、「信さん」からの卒業という意味合いもあったのかもしれません。

私は昭和30年代はおろか、炭鉱町の歴史も多くは知らないので、「懐かしい」という印象は受けず、どこかファンタジーを見ているような気分にもなりました。
しかし、この作品は忠実に当時を再現しているようで、ロケ地での試写会などでは地元の人たちにとても評判が良かったようです。
個人的には、町の様子よりも、鉱山労働を描いた場面が印象に残りました。
トロッコ?みたいなのに乗って坑内へ降りていく場面も興味深かったですし、坑内に入る前に「ご安全に」と言うのは知っていましたが、神棚に手を合わせるのは知らなくて、なるほど~と思いながら見ました。
そして炭塵事故。
山から黒煙が噴出し、町中が大騒ぎとなって住民が山へ駆けつけます。炭鉱夫として働く家族の安否を心配し、会社の窓口に押し寄せる住民たち。彼らに詰め寄られ「坑内と連絡が取れんのじゃ!」(みたいなことを)と叫ぶ社員たち。
山からは次々と遺体が運ばれてきます。
安置所の場面は涙なしには見られませんでした。

町の輝かしい歴史だけでなく、影も描き(もちろんすべてではありませんが)、その中でがむしゃらに生きていく人々が描かれています。
輝く時もいつかは輝きを失うこと、それでも人は生きていかなければならないこと。
それぞれがそれぞれの未来を求めて島を後にする(あるいは残る)選択をするラストは、いつの時代にも通じる情景だと思いました。

最後は俳優さんたちについて。
小雪演じる東京帰りの美智代は、小奇麗な格好で美人で男性の注目を浴び、町の女性たちには嫌われますが、嫌な顔一つせずハツラツと生きている姿が、とても好感が持てます。
方言を躊躇いなく話す姿もいいですね。小雪さん、苦手な女優さんだったのですが、この作品で彼女の良さを知りました。
むしろ、東京帰りできどっていたのは息子の守のほうで、守の少年時代を演じた中村大地くんのどこか冷めた視線は印象的でした。それもすぐに信さんのおかげで輝きを得ていくのですが。
少年時代を演じた子役はどの子も素晴らしく、特に防波堤の上を歩きながら「うまか!」(だったと思う)と叫ぶ場面が良かったです。

ベテラン俳優の演技も、出番は多くないながら、強烈な印象を残していました。
中尾ミエの居眠りする駄菓子屋の主人や、赤ちゃんを背中に背負ったままニワトリを絞める岸部一徳、ガニマタでひょろひょろ歩く大竹しのぶなど、存在感がありすぎてこわいくらいでした。

※  ※  ※

福岡の歴史に少しですが、触れることができて良かったです。
炭鉱関連のものは、これからも見ていきたいなあと思っています。何かおすすめの作品がありましたら、教えてください!

『信さん・炭鉱町のセレナーデ』 
2010年/日本/1時間48分
監督: 平山秀幸
原作: 辻内智貴
脚本: 鄭義信
キャスト:小雪、池松壮亮、石田卓也、柄本時生、小林廉、中村大地、金澤美穂、光石研、村上淳、中尾ミエ、岸部一徳、大竹しのぶ 他

※5月2日、DVDにて鑑賞。

2 comments to “『信さん・炭鉱町のセレナーデ』”
  1. わたしは、北九州や筑豊地方に暮らしていました。
    昭和38年なら、もう炭坑のピークは過ぎて、相当苦しい時代だったと思います。 首切りは始まっており、笑顔など無かったと記憶していますよ。 有名な、大牟田の炭塵爆発は63年でしたか、確かにそれは昭和38年にあたりますね。 盛りを過ぎた故の無理の連続が招いた事故のように感じられました。
    その頃ってね、もうジェイムズ・ボンドは活躍し、ビートルズの音楽を聞いていた時代なんですよ。 不思議な感じですが。

  2. >iwamotoさん
    そうなんですか。映画でも町はあっという間に苦しくなっていきましたが、昭和38年は影がちらついてはいるものの、まだ苦しい感じはなくて(もちろん苦しんでる人もいましたが)、少年たちは楽しそうに笑ってました。
    そういえば、「子どもだからよくわからなかった」という守のナレーションがありました。あくまでも子どもの視点、ということでしょうか。
    当時を知る方がどう感じるかはわかりませんが、私は好きな作品です。
    ぼちぼち勉強していきます。

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