レフ・トルストイ『アンナ・カレーニナ』

ロシアの文豪レフ・トルストイの最高傑作とも言われる作品。再読。
(ネタバレあり)

※  ※  ※

この作品を読むのは2回目。前回読んだのは学生の時で、約10年前になります。
一言で言うと、アンナ・カレーニナという一人の女性の情熱的な愛と破滅までを描いた作品ですが、初めて読んだ時に私はどうしても彼女が好きになれず、半分は嫌々ながらなんとか読み終えました。
その印象はこの10年間消えることはなく、いつか再読しよう、年を重ねれば見えなかったものも見えてくるはず、そんな思いでいました。
今年に入って、この作品の映画が公開されました。映画は興味が持てず見ていないのですが、今こそ再読する機会かもしれない、と思い、手に取りました。
読んだのは新潮社文庫版。学生時代に読んだのは大学の図書館にあったハードカバーのもので、訳者が違います(誰かは思い出せない)。登場人物の名前などが私の記憶と違い、最初は戸惑いましたが、それ以外には大きな違和感もなく読めました。
再読してみて、アンナに対する印象は変わりました。

異性だけでなく同性も惹きつける魅力的な女性のアンナ。家庭生活に不満を抱えていた彼女は、社交界で出会ったヴロンスキーという若い男性と恋に落ちます。
アンナは悩んだ末に家庭を捨て、ヴロンスキーと駆け落ちします。子供も授かり、戸籍上は違うものの夫婦としての生活を始めますが、やがてヴロンスキーとの生活もうまくいかなくなり、自ら死を選び、その波乱の生涯を終えます。

アンナに対して、私は終盤までやはりいい印象を持ちませんでした。ヴロンスキーとの恋も、夫や息子に対する態度も、彼女の我儘な面がどうしても目立ちます。しかしそれは、彼女が特別に我儘だからというわけではなく、同族嫌悪とでもいうのか、彼女の中に自分にもある嫌な一面というのを見ていたからかもしれません。
そして、ヴロンスキーの心が離れてしまったことに絶望を感じた彼女が死を決意し、破滅へと向かうまでの心理描写で、私は初めてアンナに共感したのでした。

家庭生活においてなにかを実行するためには、夫婦のあいだの完全な決裂か、あるいは愛情に根ざした意見の一致が絶対に必要である。ところが、夫婦の関係があいまいで、それがどっちつかずの場合には、どんなことも実行するわけにはいかないのである。
世の中には、夫婦が互いにあきあきしながらも、永の年月をそのままの状態で暮らしている家庭がたくさんあるが、それはただ完全な決裂も一致もないからにほかならない。

この書き出しから始まる第七編23。第七編はアンナの死でもって終わりますが、この23から描かれる、破滅へと向かうアンナの心理描写は圧巻の一言です。
愛する人の愛情が薄れていることに、彼は浮気をしていると勝手に思い込み、その相手まで想像で生み出してしまう。彼のたった一言で大喜びし、かと思えば次の瞬間には絶望する。昨日と今日で、言っていることもやっていることも180度変わる。
不安と喜びと絶望と、目まぐるしく変わる感情に、アンナ自身どうしようもなく、コントロールのきかなくなった心が彼女を暴走させます。

アンナが死ぬ、その直前までの一連の心理に、私は共感を覚えました。
好きな人の愛情が失われていくという実感から生まれる焦燥感、不安。わかっていても抑えられない心の暴走、言動の矛盾。
この一連の描写ではアンナの一挙一動、心の状態が詳細に描かれていますが、その一つ一つに、私は自分自身を見るような思いがしました。
彼女ほど情熱的な恋愛経験があるわけではありませんが、愛情を失う不安というのはわかる部分もあって。
10年前には何も感じなかった箇所です。10年の間に私が得たものが、この箇所にあったのかもしれません。

この作品は『アンナ・カレーニナ』というタイトルがついていますが、もう一人主人公がいます。リョーヴィンという若い男性です。トルストイの分身とも言われる彼の物語も、アンナの物語と並行して描かれています。
10年前に読んだ時、私は彼の物語にとても惹きつけられました。それは再読した今回も変わらず、10年前以上に、彼の物語に多くの感動をもらいました。
リョーヴィンがテラスで星空を見つめながら思いを巡らせるシーンで、この作品は終わります。このラストシーンが、とてもすがすがしい読後感を与えてくれます。
リョーヴィンは内気な性格で、頭でっかちというか、様々なことを思考するのが好き。常にあれやこれやと考え、人と議論をしています。しかし、コミュニケーションは得意というわけではなく、後に妻となるキチィとの恋愛も、はじめはなかなかうまくいきません。
そんな一人の内気な青年が悩み、苦しみながらも人を愛し、夫となり、父となり、成長していく姿に、私は勇気づけられました。

『アンナ・カレーニナ』には様々な立場の人物が登場します。そして、人生の様々なシーンが描かれます。
恋愛、失恋、結婚、離婚、出産。人生の中で経験する、様々な喜び、怒り、悲しみ、楽しみ、不安、希望、絶望。読者にも一度は経験のある人生の場面が、この作品には描かれています。
異国ロシアの19世紀という、国も時代も違う世界が物語の舞台ですが、人生の根本的な部分は、国や時代が違っても変わらないものであるということがよくわかります。多くの場面で共感したり、腹が立ったり、他人事とは思えない気持ちで読むことができます。(好きなシーン、描写はいくつもあって、すべて書きたいくらいなのですが、あまり長くなるのもあれなので今回は省きました)
何度でも読みたいと思える作品です。そして読む度に、新しい感動に出会えるのではないかと思います。



ちょこっとだけ、別記事でも『アンナ・カレーニナ』に触れています。→実らない両想い

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この作品の感想を検索していたら、こちらのブログが技術的なことなど、トルストイとこの作品の素晴らしさをわかりやすくまとめていました。おすすめです。
アブソリュート・エゴ・レビュー/アンナ・カレーニナ(その1)

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