篠田節子『長女たち』

親に対する愛情と憎しみ、複雑な感情を抱えながら「長女」として生きていく3人の独身女性を描いた、篠田節子著の連作小説。

※  ※  ※

著者の篠田節子さんは1997年『女たちのジハード』で直木賞を受賞した女流作家。
と言っても、現代小説をほとんど読まない私はこの有名な作品もタイトルしか知らず、彼女の作品は初めてとなります。
なぜ今回この作品を手に取ったかというと、何と言ってもタイトルに惹かれて、でした。

『長女たち』

私に「読め」と言っているようなもんじゃないですか!(私は長女です…)
さらに、親の介護問題に向き合う30代~40代の女性を主人公とした内容ということで、何から何まで今の私にうってつけ!
そんなわけで、購入しました。
以下、ネタバレあり。

『長女たち』は、立場が異なる3人の女性が主人公となった3編の連作小説です。
痴呆が始まった母のせいで恋人と別れ、仕事も辞めた直美を主人公にした「家守娘」。
父を孤独死させた悔恨から抜け出せず、発展途上国への医療支援に精を出す頼子を描いた「ミッション」。
糖尿病の母に腎臓を差し出すべきか悩む慧子の苦悩を描いた「ファーストレディ」。

母親との対立を描く「家守娘」と「ファーストレディ」に対し、現代日本の死生観に疑問を呈する「ミッション」が異彩を放ちます。
現代日本では医療により病を治療し、より長生きすることは当然のように正しいこととして受け止められていますが、「ミッション」では発展途上国で医療支援を行う主人公の現地での活動を描きながら、その死生観に疑問を呈します。

”寿命を延ばすことが必ずしも幸せをもたらすとは限らない。かえって不幸になってしまうこともあるのではないか”

自分の考えを信じ、「健康的な生活を送り、病気を防ぎ、長生きできるように」と現地の人々を「諭す」ことに精を出す主人公が、戸惑いながらも現地の価値観を受け入れ、最終的に自分の「負け」を認めて異国の地を去っていく姿には好感が持てました。

生き方にテンプレートはありません。
世間で「良い」とされていても、「常識」とされていても、それが当人たちにとって「幸せ」とは限らない。その「常識」の中で苦しむ人々を描いた、という点で、3つの作品には「長女と親の関係」以外にも共通するものがあるように思います。

「家守娘」は、認知症の母親が原因で恋に破れた直美が主人公。
認知症の母親の世話に理解を示さず、都合の良いことばかり言う次女とのぎくしゃくした関係や、自分の前でだけ問題を起こす母親への怒りなど、前半は直美の愚痴が多く、読んでいるこちらもストレスが溜まります。(直美のイライラがよくわかります)
それが、近所に住む新堂という男性とのロマンスから、変わっていきます。
友情以上恋愛未満の付き合いの中で、深い関係にはなれないとわかりながらも、心が浮き立つのを抑えられない直美の心情に、久しく抱いていないときめきを思い出しました。久しぶりにヒールを履いたり、新堂に家に誘われて下着を気にしたり…。彼女の揺れ動く思いに胸が締め付けられました。
そのロマンスも思わぬ形で終わってしまうのですが、後半のややオカルトチックとも言える展開は、なかなかスリルがあって楽しめました。直美と母親の未来に光がもたらされたのも好印象です。

反対に「ファーストレディ」は、主人公が母親に手をかける寸前まで行き、お先真っ暗のままで終わってしまいます。
この『長女たち』は、「家守娘」「ミッション」「ファーストレディ」の順番に収められているのですが、後味の悪いこの作品を最後に持ってきたのは、意図があってのことでしょう。
病院を経営し、交際が広い父親の「ファーストレディ」として、母親の代わりに社交の場に出る慧子。性格に難があり、糖尿病になっても生活を変えようとしない母親の世話もあり、とにかく忙しい毎日を送っています。
寝たきりの祖母の介護が終わった後、タガが外れたように生活が乱れていった母親。糖尿病により腎臓移植が必要となると、娘の腎臓が一番いいと言いだす。これまでの苦労の償いを娘に求め、人生の帳尻合わせをしているように見えるその姿に、疲労も怒りもピークに達した時、慧子の心に母親への殺意がよぎります。

”母親を殺すか、この生活から逃げるか。”

その判断を読者に任せて、この作品は終わります。
願望も込めて最後に光を与えていた前2作品に対し、最後の「ファーストレディ」はただ現実の残酷さだけが残ります。そこに、著者の強い意志が感じられました。
母親を殺しかけた慧子を責めることができるでしょうか。私にはできません。ただ、殺すことが正解ではないですし、思いとどまった彼女には「逃げて」という言葉をかけてあげたいけれど、これまでの人生を簡単に捨てるわけにもいきません。
「家守娘」がオカルト的なことに頼らなければ明るい未来を見つけられなかったように、現実はそう都合よくうまくはいかない。
親の介護問題、そして人生の問題に対して、どこか他人事と思っている読者(私)に「現実と向き合え」と、最後の最後に厳しい言葉が投げかけられたように感じました

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読みやすい文体で、サクサクと読み進められました。
ミステリー感覚で読める部分もあるので、読書自体は楽しめます。かといってライトな作品というわけではなく、最初から最後まで深く考えさせられる作品でした。

30代独身女性を描いているということで、共感を求めて読み始めたのですが、どの主人公も割と裕福な家庭に生まれたバリバリのキャリアウーマンといった感じで、30過ぎまでフラフラとフリーターをやっていた私のような貧乏人にはさらに過酷な現実が待っていることを痛感させられました。
そういう意味では、3人の女性は私にとっては少し遠い世界の人達であり、自分の実力でどうにかできる可能性が大きいという点においては、彼女たちはまだ恵まれている方ではないかと。ま、それも彼女たちのこれまでの努力があってこそ、なんですけどね。。

30年も生きていれば、これまでの生き様(努力など)が現在の生活に大きく反映されてくるわけで。そのことを痛感しますね。年を重ねれば重ねるほど、増えていく後悔。
介護問題(これから迎える問題)に限らず、これまでの生き方についても考えさせられる作品でした。

長女たち
篠田 節子
新潮社
2014-02-21


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