河瀬直美監督による、ドリアン助川の同名小説の映画化。樹木希林をはじめとした俳優陣の演技と、自然に逆らわない映像と表現が光る、感動作です。
以下、ネタバレあり。
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ストーリーは公式サイトより。
縁あってどら焼き屋「どら春」の雇われ店長として単調な日々をこなしていた千太郎(永瀬正敏)。そのお店の常連である中学生のワカナ(内田伽羅)。ある日、その店の求人募集の貼り紙をみて、そこで働くことを懇願する一人の老女、徳江(樹木希林)が現れ、どらやきの粒あん作りを任せることに。徳江の作った粒あんはあまりに美味しく、みるみるうちに店は繁盛。しかし心ない噂が、彼らの運命を大きく変えていく…
河瀬直美監督の作品は何となく避けてきて今回が初めてでした。思っていたよりずっと素直な作品で、とても良かったです。
特筆すべきはやはり、樹木希林の演技でしょう。
彼女が演じる徳江は、ハンセン病を患っていたという過去が判明するまで、なんとなく変わったおばちゃんだなあと思って見ていました。ユーモア溢れる表情とセリフで、あっという間に観客の心を掴みます。何気ない日常が描かれているだけなのに全く飽きることなく、物語は進んでいきます。
しかし、徳江の過去が明らかになると、空気は一変。それまでの彼女の言動すべてが一つに繋がり、徳江の悲しみが、風に運ばれてくるように突然、でも静かに押し寄せ、胸がいっぱいになりました。
ハンセン病療養所の徳江の友人・佳子を演じた市原悦子の存在感も抜群でした。徳江の「外の世界」の友人である千太郎とワカナが初めて療養所を訪れた日、真っ先に発した言葉が、
「私も働いてみたかったわ」
徳江に対する嫉妬とも言える一言、その重み。
市原悦子の、いつもの笑顔といつもの声なのに、そこには不条理に満ちた人生を生きてきた一人の人間の苦悩が見えるんですね。佳子は、徳江が嬉しそうに話す外の世界を一体どんな思いで聞いていたのだろうと思うと、胸が締め付けられました。
名女優二人の演技はただただ圧巻でした。
徳江とは違う理由で日陰に生きる千太郎を演じるのは、永瀬正敏。
やさぐれているように見えますが、決して人生を諦めているわけではない。自らの罪が招いた境遇を受け入れながらも、もがき苦しむ人間を好演していました。
もう一人、重要な人物であるワカナを、樹木希林の実の孫である内田伽羅が演じています。
ワカナは母子家庭。母親との関係はうまくいっているとは言えず、彼女もまた、生き辛さを抱えています。
伽羅ちゃんはしゃべる方がまだまだで、演技は決して上手いとはいえないんですが、表情がとても良かったです。思いを寄せる先輩を見つけた時の表情とかね。
そして、その先輩を演じる太賀(『桐島、部活やめるってよ』に出てたみたい)がまたいい味出してるんですよね。本当に少ない出番なんですが、彼がいるから、ワカナはこのような家庭環境でもすれずにいられるんだろうなあと思いました。
ワカナの同級生の女の子たちも、良かったですね。
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1日の流れは光と音で、1年の流れはサクラのカットで、自然に逆らわない映像表現はかなり好みです。
あんの仕込みは夜明け前に始まるのですが、少しずつ明るくなっていく外から漏れる光、朝を迎えて響く通学中の子どもたちの声…と、日常がありのまま溶け込んだような映像で、1日は流れていきます。
そして1年はサクラと共に。満開のサクラから始まり、花が雨で落ちると、若葉が風にそよぎ、最後は紅葉して秋風に舞う。
表現方法としてはベタな部類かもしれませんが、これこそが、徳江の言うところの「生きる意味」にも繋がっています。
見終わった後は、空を見上げ、風の音に耳を傾け、目に入る様々な花木を愛でたくなります。
説教臭くなりがちな題材ながら、押し付けがましいところはなく、見る側も素直に受け止められる、真っ直ぐな作品です。
まるで小豆が演技しているようにも見える映像も必見です。
『あん』
日本・フランス・ドイツ/2015年/113分
監督・脚本:河瀬直美
原作:ドリアン助川
キャスト:樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅、市原悦子、水野美紀、太賀、兼松若人、浅田美代子 他
(6月21日、Tジョイ博多にて鑑賞)