子どもと関わる大人たちに寄り添う、大人のための映画。
概要は映画.comより。
「そこのみにて光輝く」でモントリオール世界映画祭の最優秀監督賞を受賞した呉美保監督が、2013年本屋大賞で第4位にも選ばれた中脇初枝の同名短編小説集を映画化。5つの短編から成る原作から、「サンタさんの来ない家」「べっぴんさん」「こんにちは、さようなら」という3編を1本の映画にした。
真面目だがクラスの問題に正面から向き合えない新米教師や、幼い頃に受けた暴力がトラウマになり、自分の子どもを傷つけてしまう母親など、子どもたちやそれに関わる大人たちが抱える現代社会の問題を通して、人が人を愛することの大切さを描き出す。
主役は大人。大人に寄り添った映画だなあと感じました。と同時に感じたのは、子どもに寄り添うことの難しさ。
子育てや教育って、頑張るだけじゃダメなんだろうけど、それでも「頑張ってるね」と教師と母親たちにねぎらいの言葉をかけたくなる作品でした。
以下、ネタバレあり。
※ ※ ※
呉美保監督の作品は、『オカンの嫁入り』、『そこのみにて光輝く』に続く3作目の観賞となりましたが、1作ごとに成長が感じられるのがとても嬉しいです。
丁寧ですよね、とにかく。彼女の作品は、良い意味で癖がなく、見ていて素直に受け入れられる作品だと個人的には思います。『そこのみにて光輝く』は題材がアレなので、しんどいものがありましたけど。私には合っているのかな。
『そこのみにて』で壮絶な愛憎劇を繰り広げた池脇千鶴と高橋和也が、今回は夫婦役で共演していました。『そこのみにて』に思い入れのある私としては、それが嬉しくもあったのですが、2人が再びキャスティングされた理由として、監督が「この二人は因縁の関係だったんで、前からそれが心残りだった。だからせめてと思って、今回は夫婦になってもらった」(シネマトゥデイより)と語っています。監督の人柄を感じさせる一言ですよね。
この2人、また呉監督の作品で共演するんじゃないか…そんな期待を持ってしまいます。
…というわけで、『きみはいい子』ですが。
娘への虐待が止められず悩む若い母親、飛び込んだ教育の世界で戸惑う新米教師、認知症を患う孤独に生きる老女、と彼らを取り巻く人々を描いた群像劇です。
原作については全く知らなくて、リンクを貼った映画.comの記事で初めて知ったのですが、5つの短編から3編を選んで1本の映画にしているんですね。
映画のテーマとしては、その映画.comに書いてある通り。人は一人では生きていけないこと、愛し、愛されることによって人は優しくなれること。
みんな知っているけれど、なかなかできないでいることの大切さが、丁寧に描かれています。
児童虐待や学級崩壊という、主に子どもをめぐる環境が舞台となっているのですが、先にも書いたように、この作品の主役は子どもではなく大人です。
子どもがテーマの映画って、子どもに寄り添いがちというか、子どもを弱い者として描きがちですけれど、この作品の場合、(大人から見た)子どもたちの姿を脚色せずに描いているような印象を受けました。弱くもあり、怖くもある子どもたちの姿です。そのせいか、私は自然と大人のほうに感情移入していきました。
ただ、どちらかに肩入れしているというわけではなく、大人たちも子どもたちも冷静に見つめ続ける姿勢はとても良かったと思います。
子育ての経験がない自分にはどう足掻いたって、その難しさを理解することはできないので、他人事みたいな感想しか言えないのですが、子どもへの対応に四苦八苦する母親や教師の姿には「大変だなあ」という言葉しか浮かんできませんでした。
特に、高良健吾演じる新米教師・岡野の苦労には、溜息しか出ません。子どもたちが悪いとも、学校に頻繁に電話をかけてくる親が悪いとも思わないです。ただ、その苦労に溜息が出るんですよね。
いじめを受けた女児の母親が「あなたにとっては一年目のミスでしかなくても、娘にとっては一生の傷になる」という電話をかけてくるのですが、母親の言い分は全くその通りで、反論の余地なんてありません。
毎年毎年数十人の子どもたちの人生を背負う教師という職業の過酷さを思い、ぞっとしました。(と同時に、お世話になった先生方の顔が次々と思い浮かびました。)
この新米教師・岡野に対しては、いくつか読んだ他の方の感想でもいろいろ言われているのですが、私は「こういうものだろう」というのが率直な感想です。
確かに、彼の言動は思いやりにかけ(というか、気が利かない)、なぜ教師という職業を選んだのかという疑問も湧いてきます。ただ、彼は新人。おそらく年齢は22歳くらい。そういう年頃の若者だと思えば、彼の不完全さは許容の範囲かと(傍から見る分には)。いくら教師という職業を選んだからって、子どもたちへの愛で溢れているわけではないし、1年前には学生だった彼が社会のことを知っているわけなどないし。
姉に「あんたは苦労していない」と言われたり、児童にネグレクトを告白されて動揺する姿を見ても、彼は家族にも友人にも恵まれた人生を生きてきたのだと思います。不条理、というものを知らないのでしょう、たぶん。
そんな彼の、「教師として」というより「人として」の成長が、この映画のもう一つのテーマなのではないかと思いました。
(実際に教師と接する人間にとっては、そんなの知ったこっちゃない、ですけどね…)
ママ友たちの人間関係や、自閉症の少年(とその母親)と老女の交流など、描かれるテーマは多く、その一つ一つのエピソードに深く感じるものがあるのですが、割愛。
成長するのは新米教師だけではなく、それぞれの大人が、一歩前へと踏み出していくという点で、いくつもの希望が見える作品です。
ただ、希望ばかりではありません。
いじめを受け不登校になった少女、ネグレクトを受けている少年の問題は、何一つ解決しないまま、映画は終わります。
冒頭からずっとリアリティ重視で進んできたのに、最後の最後になって、CGの花びらが舞うという過剰な演出が入るのですが、私はこれを「願望」と捉えました。
扉の向こうに待っているのは悲劇かもしれず、むしろその可能性の方が大きいと思うんですね。
希望は捨てたくない。でも、現実から目を背けたくはない。
誰もが幸せになれるわけではない。でも、みんなに幸せになってほしい。
現実と希望の間で葛藤する故の演出だったのではないかと。
(意図はともかく)そう受け取りたいという、これまた私の願望です。
※
良い作品であることは間違いないのですが、どこにポイントを置くかで見る人によって大きく感想は変わるかと思います。
子どもの頃からずっとクラスで変わり者だった私には、とにかく教室でのシーンが見ていて辛かったです。もう二度と戻りたくない、子ども時代を思い出してしまい。母親に叩かれるたびに響く子どもの泣き声も、びくびくしながら見てしまいました。
傷口をえぐられるような気持ちで見た方も少なくないのでは、と思います。
そういう意味で、お勧めのできる作品ではないかな。耐えられる方は、どうぞ。
俳優陣の演技合戦も見所です。
『きみはいい子』
2015年/日本/121分
監督:呉美保
原作:中脇初枝
キャスト:高良健吾、尾野真千子、池脇千鶴、高橋和也、喜多道枝、加部亜門、富田靖子 他
(7月12日、UCキャナルにて鑑賞)