今年のアカデミー賞で話題をさらった『スラムドッグ$ミリオネア』観てきました。
観た感想を一言で表すと「疾走する生命力と躍動感」。
経済成長を続けるインドの活力が全編に表れていました(制作はイギリスです)。
以下、物語の大筋と感想です。完全にネタバレなので、これからご覧になる予定の方はお気を付けください。
主人公はスラム育ちの青年ジャマール。彼が大人気のクイズ番組(日本でもお馴染み)「クイズミリオネア」で1000万ルピー(日本円で約2000万円のようです)を獲得します。
しかし、教育を受けたことのない彼がなぜ数々の問題をクリアできたのか。
ジャマールは不正を行ったのではないかと疑われ、警察に逮捕されるところから物語は始まります。
そしてジャマールは聴取を受けることに。乱暴な手を使ってもなかなか罪を認めないジャマール。警察官は彼が出た番組のビデオを彼とともに観ながら、なぜ彼がこの問題を解けたのか、その理由を聞き出します。
そして、彼は幼少時代の思い出(問題の答えを知っていた理由)を語り始めます。
こうして前半は、ジャマール少年のスラム街での生活(と番組での解答シーンが交互に)が描かれていきます。
貧しい生活の中で、しかし楽しく生きていたジャマールと兄サリムに起こった悲劇、ジャマール少年の初恋の人・ラティカとの出会い、そして別れ。
子供だけで各地を転々としながら知恵によって生きていく彼らの姿は、上記のようにとにかく生命力と躍動感に溢れ、悲惨な出来事もすべて自分の力にしていくたくましさ、その力強さにただただ圧倒されました。
後半、彼らが青年になってからは、その躍動感はやや欠けて、物語の展開も冗長気味にはなります。
子供達で生き延びていくために、弟を守るために悪い知恵を身につけてしまった兄と純粋なまま成長したジャマールの間の確執や、ラティカとの幾度となる再会と別れ等々。
ただ生き延びていく為に懸命だったゆえに輝いていた少年時代と違って、年を重ねていけば経験も増え、様々な思惑が交錯するものなのでそれは仕方のないことなのかも。
人に言えない経験を積みすぎた兄サリムやラティカと違って、ジャマールはただラティカに会いたいが為に生きてきた。前半が「生」なら、後半はまさに「愛」がテーマとも言えるかもしれません。
そうして、物語の舞台は過去から現在へと移っていきます。
実は、この「クイズミリオネア」の最高賞金は1000万ルピーではありません。2000万ルピーが最高賞金額で、ジャマールは最後から2番目の問題を解いた時点で逮捕されてしまうのです(番組は生放送のようで、時間切れにより最後の問題までいけず、翌日に持ち越されたのです)。
スラム街で育った青年の活躍と逮捕というスキャンダルは国中を巻き込み、ジャマール青年は一躍時の人となります。
翌日、ジャマール青年は釈放されます(その理由にも注目です)。そして彼は国中の人間の期待を背負って最後の問題に挑むことに。
彼は最後の問題を解くことができるのか…。
スラム街で育ち、生き延びるために様々な知恵を身につけ、たくましく成長したジャマールの姿というのは、今著しい経済成長を遂げているインドそのものではないのかと思ったりもしました。先進国の現在の姿を描いて、こんな眩しい生命力と躍動感溢れた作品ができるのかと思わずにはいられませんでした。
アカデミー賞を受賞した時にも(『おくりびと』の外国語映画賞受賞と併せて)新聞等の批評で書かれていましたが、このような夢と希望(そして『おくりびと』にあったような優しさ)に溢れた作品、心が救われるような作品にアカデミー会員達が惹かれたのは、まさしく閉塞感漂う現在だからこそありえたのかもしれないと思いました。今のような状況でなければ受賞はなかったかもしれません。
だからといってこの映画の価値が失われるわけではなく、いつの時代に観たってこの映画は面白く楽しいものだと思います。しかしながら、映画が時代とともに作られるものであることを痛感せずにはいられません。それはこの映画が勝ち取った評価だけでなく、内容も。
インド本国ではこの映画の公開前から「インドの悪い面ばかりを描いている」とか「インドのイメージを損なう」といった批判が多かったようです。公開後も映画でラティカの少女時代を演じた女の子の養子縁組事件(英国?のおとり記者が身分を偽って女の子の父親に養子縁組を持ちかけ、父親が高額なお金をふっかけたとか何とか)が起きたりと何かと騒がしいです。
しかし私はこの映画を観て(確かに目を背けてしまう場面はいくつもありましたが)、インドのたくましさを羨ましく思いました。それはこの映画を観た多くの人が感じたはず。
突っ込みどころもややありますが、ケチをつけるのは野暮なこと。楽しまないと損をする作品の一つだと思います。
最後に、一番のお気に入りシーンについて。
番組を終え、ジャマールは再びラティカと再会します。そしてキスを交わします。それを促したのはラティカ。「Kiss me」と彼女は言うんです。
そのキスが、ラティカ一筋で生きてきたジャマールと、マフィアのボスの女になったりと裏の世界で生きてきたラティカの経験の差を表しているようでした。
ジャマール青年の純粋さも、この映画の大きな見所です。
去っていく2人の背中に、2人の幸せを願わずにはいられませんでした。