『少年時代』は少年時代じゃなかった

9月に入って最初の週末。秋はすぐそこに来ているものの、まだ夏の香りはくすぶっています。
「夏の終わり」と題して、今の時期にぴったりの音楽に関する記事を書こうと昨日一日考えていました。ところが、思い浮かんだ曲が井上陽水さんの『少年時代』と元ちとせさんの『いつか風になる日』だけで、朝はバスの中でレベッカの『フレンズ』が頭の中をリピートしていたりと、なかなか記事の元もまとまらない。
夜、眠ることが出来ずに、携帯電話で『少年時代』の動画を陽水さんが歌ったものから他の歌手がカバーしたものまで数時間にわたって聴き続けていました。そこで『少年時代』についていろいろ思ったことを、つらつらと書いてみたいと思います。

『少年時代』はタイトル通りに、子供の頃を懐かしむ曲の一つとして愛されている楽曲だと思うのですが、最近本当は違うんじゃないかという思いがしていました。
私はこの曲には特にメロディの美しさに、(子供の頃にはあったが今は失われたものとしての)無邪気さとか透明感みたいなものを強く感じていました。ところが先日、NHKで『きよしとこの夜』の一夜限りのリバイバル放送で秋元順子さんがゲストとして出演し、きよぴーやグッチ雄三さんと一緒に『少年時代』を歌っていたのを聴いて考えが変わったんです。
秋元順子さんというと、『愛のままで…』(Youtube)で有名ですが、この曲からもわかるように、透明感や無邪気さみたいなものとは縁遠い人だと思っていたんです(この曲はとても好きなんですが、彼女が言うような“夫婦の愛”を歌った曲ではなくもっとドロドロしたものだと思っていました、笑)。それが、もともと歌がお上手なこともあると思うのですが、『少年時代』をとてもしっとりと歌い上げていたんです。きよぴーやグッチさんよりもずっと。
それを聴いて、

「あれ、もしかしてこの曲って人生の酸いも甘いもあらゆることを経験した、成熟した大人が歌う曲?」

と思ったんです。
昨夜陽水さんの歌声を改めて聴いて、この考えは間違っていないと思いました。陽水さんも、この『少年時代』という曲を色気のある声で歌っているんです。そこには「過去を懐かしむ」といったノスタルジーはなく、哀愁もなく、綺麗事も汚い事も飲み込んできた一つの人生があった。

カバー曲も聴けるだけ聴いてみました(リンク先は全てYoutube)。

沢田知可子
忌野清志郎
佐藤竹善(SALT&SUGAR)
宇多田ヒカル
堤智恵子(サックス奏者、歌なし)

※番外
リコーダー六重奏による演奏

上に書いたように思って聴いているせいももちろんありますけど、宇多田さんとそれ以外の方(リコーダー除く)では受け取る感じがやはり違いました。
特に堤さんの演奏には驚きました。『少年時代』がジャズ風にアレンジできるなんて思いもしなかった。それも全然違和感がなくて、とてもおしゃれに仕上がってる。そこに「少年時代」なんて言葉は微塵も感じないくらい。なんか豪華クルーズで洋上の夕風を受けながら演奏を聴いている気分になります(笑)。
陽水さんがピアニストの山下洋輔さんとコラボした動画(こちら)もあったのですが、それでもジャズ風にアレンジされていました。堤さんとは違ったアレンジで、こちらもとても良かったです。こっちはおしゃれなバーで生演奏を聴いている感じ(笑)。

この曲は楽曲自体が良いので、誰が歌ってもそれなりに良く聞こえるのですが、上に挙げた方達は皆陽水さんの『少年時代』を壊して、良くも悪くも自身の『少年時代』を作り上げているように感じました。
個人的にはSALT&SUGARが好きかな。佐藤さんの歌声と塩谷哲さんのピアノ演奏(サトウとシオで「SALT&SUGAR」らしい)だけなのですが、どちらも感情を込めすぎないように歌っている・演奏しているように感じました。その淡々とした感じが逆に良かった。
これは陽水さんや沢田さんでも感じたことなのですが、自然に声や演奏に本人達の人生が乗っているとでも言うのでしょうか。声で直接表現されていないものが声の向こうに見える、といった感じです(うまく言葉にできなくてすみません)。

歌詞もよく聴いてみれば別に「少年時代」でなくてもいいわけで、何十年も生きてきた人間の人生がそこに転がっていたっていいんですよね。
そもそもこの曲の歌詞にはストーリー性はなく、言ってみればメロディに乗って印象的な言葉が響いてくるだけ。

風あざみ、あこがれにさまよう、心は夏模様
夢はつまり 想い出のあとさき

夏まつり、宵かがり、胸のたかなり、夢花火
夢はつまり 想い出のあとさき

(言葉を並べてみるとストーリーも意味もないのに、聴く者の中にストーリーを作らせてしまうところがこの曲の一番の魅力なのかな)
『少年時代』というタイトルだから、「少年時代なるもの」を必然的に呼び起こさせられてしまいますけど、別に少年時代じゃなくてもいいのかな、というのは聴けば聴くほど思います。

昨夜陽水さんの歌声を聴きながら、過去が懐かしく甦るというよりは、昨日までの私が全部根こそぎえぐり取られていくような気分になりました。陽水さんの歌声も懐かしいなんて甘い感傷的なものではなくて、もっと遠くを、もっと深くを見つめているような感じでした。それも客観的に。
ふと(お酒を飲みながらでもいい)、昨日までの自分の生き様を、あくまでも客観的に、他人の伝記映画でも観るかのように思い出す姿が浮かぶんです。しかし、彼が実際に何を見ているかというのはこちらにはわからない。
ただ、年齢分の年月が乗っかった彼の背中を見せられている、といった感じかなあ。何を見ているんだろう、と思ってしまいました。それは陽水さんに限らず、沢田さんでも佐藤さんでも忌野さんでも同じです。

こりゃ、20代のぺーぺーが歌える曲じゃない(笑)。
カラオケとかで歌ってみたいし、口ずさんだりしてしまいますけど、人前では歌えないだろうなあ。
小学4年生の時でしたか、年に一度の音楽発表会で私のクラスでは『少年時代』を歌おう、ということになったんです。でも、別の曲に変わったんですね。実際の理由はもう覚えていないんですが、今思えば子供にこの曲が歌えるわけがなかったのかもしれません。技術云々の前に。
そもそも、一般的に子供の頃を懐古する歌とされて(しまって)いるこの曲を、なぜ小学生が歌おうとしたのか(笑)。最近では音楽の教科書にも掲載されているようなので、歌った経験のある人は多いみたいですけど。まあ、それもありか。
結局、私のクラスは教科書に載っていたかさじぞうの歌を歌いました。

……余談でした。
というわけで、お口直しも含めて、陽水さんの『少年時代』をどうぞ。



陽水さんの声には「艶がある」と言われますが、まず声が“音”として優れているんですね。歌が上手いとかいう以前の問題。
歌手になるべくして歌手になったのでしょうか。
元ちとせさんも同じタイプですね。声を音として自由に操ることが出来る。

この曲に限らずとも、歌の向こうに人生が見えることは多々あるわけですが、良くも悪くも、積み重ねた時間というか「時間を積み重ねる」ということは重いことなのだと感じました。そして、それらを意識せずに見せる、というのはとても難しいことなんだなあと。
積み重ねてきた時間が意図せずとも滲み出ている人がいますけど、全く滲み出ない人もいるんですよね。その差は何なんだろう、とよく思います。
本人に隠す意図があったりするのでしょうか。それとも積み重ねてきた時間を自身の中でどう処理してきたか、その差なのか。
例えば私が50歳になった時、私はどんな姿になっているのでしょう。。

『少年時代』を聴きながら未来を思う、夏の終わりです。

2 comments to “『少年時代』は少年時代じゃなかった”
  1. 「少年時代」という曲は、ノスタルジーという色がついてしまっているので楽曲そのものには、あんまり着目して来なかった歌です。酔った上司のカラオケソングであったり、モノクロの回想シーンで安易に挿入歌にされてしまってり、色々と薄汚れた感情が付着してしまうものなのか…。へんな話ですが、大ヒット曲や歌い継がれる名曲の中には、割と、そうした色がつきやすいものですね。そんな思いがある為か、サックス演奏のアレンジに、新鮮さ、楽曲そのものの良さを感じ取れました。
    ランニングシャツに虫網を持っている坊主頭の少年が里山にいるという郷愁を誘う映像から脱却するぐらいじゃないと、ホントの良さには気づけないのかもなぁ。
    「きよしこの夜リターンズ」は視ませんでしたが、秋元さんが歌ったときの雰囲気はなんとなく想像が出来ます。特有の味を滲み出させますよね。NHKの歌番組は懐メロが多い構成ですが、異なる歌手が歌う事で別の味を発見することがあります。合う合わないもあるかも知れませんが、純粋に歌の魅力を引き出そうという「妙」を感じる事もしばしば。

  2. >メロンぱんちさん
    自分がこの曲に対して(私だけの)特別な感情を抱く前に、すでにつけられてしまった色に自分も染められていたことに気付かされました。
    サックスのアレンジは私にもとても新鮮でした。「こんなことができるのか!」って。
    陽水さん自身も山下さんとのコラボで楽しそうに歌ってらして、『少年時代』のイメージは私達が勝手につけた色でしかないんだな、と思いました。曲そのものを楽しんでいる、という感じでした。
    カバーとかって世間でつけられたイメージや元々歌っている人のイメージに拘ると、結局それ以上のものにすることはできないんですね。元のイメージを壊して自分の曲にしてしまうくらいの意思や力量がないと、よいものはできないんだなあ、と思いました。
    『きよしとこの夜』では、グッチさんが陽水さんっぽく(モノマネ?)歌ってらしたんですが、秋元さんのほうが情感たっぷりでいいなあと素直に思いました。

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