今年の6月にアメリカの「ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」で金賞を受賞した辻井伸行さんの、コンクールでの20日間を追ったドキュメンタリー。
辻井さんに焦点を当てているものの、他の出場者や審査員等へのインタビューなどもあり、コンクールそのもののドキュメンタリーとしても十分楽しめました。
全体的に面白かったですが、特に室内楽団やオーケストラとの共演において、目の見えない彼に楽団員や指揮者たちが戸惑う姿や、曲を弾き始めるタイミングをどうやってとるかといった、障害ゆえの問題をどのように乗り越えるかといった過程がとても興味深かったです。
楽団員や指揮者の心配はよそに、「お客さんが静かになるからわかる」「指揮者の息づかいでわかる」と心配ご無用!といった感じの辻井さん。目でタイミングを計る私達ではとても思いつかないような方法で、コンタクトをとる彼の姿には驚かされました。
指揮者の「すうー」という息を吸い込む音に合わせてピアノを弾くんですね。すごかった。この指揮者の方のインタビューでしたか、辻井さんはとても耳がいい、と仰っていましたが(このエピソードに限らず)、目が見えないことがアドバンテージになっている部分もあるのだと思いました。
さらに他の出場者のインタビューや演奏、舞台裏の映像もあって、コンクールの過酷さ(中国のDi Wuさんが演奏終了後に「私、やり遂げたのよ!信じられない!」と喜んでいるのが印象的だった)と緊張感がよく伝わってきました。
ファイナリストや入賞者の発表の瞬間とか、落選した人たちの表情が何とも言えませんでした。
「僕は本当はコンクールは好きじゃないんだ」と言っている方もいましたけど、やっぱりトップになりたいものね。みんな言葉とは裏腹に闘争心むき出しでした。
室内楽団との演奏リハーサルの場面では、各出場者が楽団員たちと英語で議論を交わす姿が映し出され(外国人もみんな当然のように英語ペラペラ)、そのピリピリした雰囲気に驚きました。
辻井さんは英語があまり得意でないようで通訳を通してだったので、意思疎通がなかなか難しそうでした(でも音楽を通じてコンタクト取れるとかなんとか、団員の方が仰っていました)。
この先英語の勉強はするのかな。でも語学の勉強も大変ですよね、どうしていくんだろう。
私は演奏者ではなく作品で聴くタイプですので、演奏者による違いを聴き分けるのは苦手な全くのど素人ですが、辻井さんがこのコンクールで優勝して、その演奏を初めて耳にした時、音がクリアーすぎることにずいぶん驚きました(盲目であることよりも音に驚いた)。言い方を変えれば、心が見えないというか、情熱的な激しいものが伝わってこないというか。
私が素人なので何も感じないだけなのかと思っていましたが、番組の中で「彼の演奏は抑揚がなく、個性がない」といった地元新聞の論評が紹介されていて、そう思っていたのは私だけではなかったんだと知りました(今朝Youtubeで彼の動画をチェックしていたら、似たようなコメントを寄せている人は国内外問わずいましたけど……)。
確かに、彼の演奏は決して派手ではないのですが、そこが逆に個性となっているようにも感じました。
これはあくまでも私が感じたことですが、彼はひたすら曲と向き合って弾いているように感じます。自分を表現しようと言う意図が感じられません。そこに物足りなさを感じる人もいれば、魅力を感じる人もいるのかなと、今朝いろんな曲を聴きながら思いました。
このコンクールでの模様は、クライバーン財団がYoutubeで動画を配信していて(こちら)、各出場者の演奏を見ることができます。
辻井さんと一緒に優勝した中国のHaochen Zhangさんの演奏も結構好きかなあ。
コンクール以外の曲も探していたら、彼が15歳の時に『ニュースステーション』に出演した際の動画を見つけました。
演奏していたのはカプースチンというウクライナの作曲家・ジャズピアニストの曲。カプースチンという名は初めて聴いて、彼の動画もあれこれ聴きましたが、かっこいい曲がたくさんありました(ジャズは無条件でかっこよく感じる)。
その中で辻井さんが演奏していたのは『8つの演奏会用練習曲 作品40 第2番「夢」』という曲です。
動画のコメント欄にもあるように、カプースチン本人よりも柔らかくて素敵な演奏です(動画削除されませんように)。
タイトル通り、夜にぴったりな曲、そして演奏です。
『ニュースステーション』も粋なことをやっていたんですね。こういう曲を演奏するなんて。大衆向けじゃないところがいい。
音だけ聴いていると、とても15歳が弾いているとは思えません。いい意味で演奏者の顔が見えなくて、曲の素晴らしさがよく伝わってくる演奏だと思います。