堤真一主演『孤高のメス』(公式サイト)の試写会に行ってきました。
原作は大鐘稔彦の同名小説。1989年、片田舎の市民病院を舞台に、一人のオペ看護師の成長と、一組の母子の別れを描くヒューマンドラマです。
以下、超絶ネタバレ(最初のほうはストーリー紹介)。
中村浪子(夏川結衣)は地元の市民病院でオペ看護師として働いているが、その日々は憂鬱なものだった。
簡単な外科手術一つまともにできない落ちぶれた医師たち。毎回失敗する手術に、浪子の気力は失われていく。
5歳になる息子の弘平と二人暮らしの浪子。毎日夜遅くまで保育園に預けている弘平を迎えに行っても、息子に笑顔を向けることさえできない日々が続いていた。
そんなある日、一人の外科医がやってくる。それが、米国ピッツバーグで高度な外科技術を身につけた当麻鉄彦(堤真一)だった。
病院に挨拶に訪れたその日、歓談する当麻たちの耳に、重症患者の来院の一方が入る。しかし、医師たちはやっかいな患者の受け入れを拒むばかり。
そんな彼らにしびれを切らした当麻は、自分が手術を行うと申し出る。
こうして、浪子は当麻にメスを手渡すこととなった。
当麻に対してあまり良くない第一印象を持っていた浪子は、手術に乗り気ではなかった。しかし、手術が始まって、その思いはすぐに変わる。
当麻の無駄のない美しいオペ技術、そして、目の前の命を救うことだけを考える姿勢に、浪子だけでなく、手術に参加した者全員が、あっという間に当麻の虜となっていった。
当麻が来てから、浪子の生活は変わった。
当麻の手術が少しでもスムーズに行くようにと、器具を渡す練習を夜な夜な行う。当麻との手術が楽しみとなり、笑顔が増えたのだ。
母の喜びを感じた息子の弘平もまた、笑顔が増えていく。二人はそうして充実な日々を送るようになっていた。
そして当麻と第二外科の面々の絆も、強いものとなっていた。
しかし、市民病院の充実に尽力する市長・大川(柄本明)が倒れたことにより、状況が変わり始める。
大川を救う方法は、生体肝移植しかなかった。危険を伴う成人間の生体肝移植。家族は移植の決意をするが、家族の誰もドナーに適さない。
そんな時、事故に遭った一人の少年が病院に運ばれてくる。
浪子と懇意にしている静(余貴美子)の息子・誠だった。
重体だった誠は数日後、脳死と診断される。
福祉ボランティアに取り組んでいた誠の意思を尊重したいと、母親の静は当麻に脳死肝移植を申し出る。誠の肝臓を大川に移植して欲しいというのだ。
しかし、当時の日本では、脳死肝移植は禁止されていた。
目の前にある命を救うため、当麻は医師生命をかけて手術を行うことにするが……。
※ ※ ※
とまあ、内容はこんな感じです。
ほとんど書いてしまいましたが、公式サイトにもここまでは書かれているので。
1989年当時、まだ認められていなかった「脳死肝移植」に挑む一人の医師の姿、医師としての熱意を描いている! と思いきや、堤真一さん演じる当麻医師は実は脇役的主役です。
夏川結衣さん演じるオペ看護師の中村浪子の視点で物語は進みます。当麻が現れてから変わっていく彼女の成長物語といってもいいかもしれません。
離婚して5歳の息子・弘平(大人になった弘平を成宮寛貴さんが演じている)と二人で暮らす浪子。
隣家には同じく母子家庭(のように見えるのですが、公式にはそういう記述はない……)の小学校教師・静とその息子で高校生の誠(役者さんの名前がわかりません)が暮らしています。
浪子は静の教え子だったらしく、「先生」と呼び、誠は弘平を可愛がるなど、とても懇意にしている様子がうかがえます。
この二組の親子の物語も、キーポイントです。
当麻が現れてから、それまでは惰性でやっていると言っても過言ではなかった浪子の手術への姿勢は、変わっていきます。
「目の前の命を救う」
ただそれだけの思いで手術に臨む当麻。
浪子や第二外科の面々も、その当麻の姿勢に感化されますが、浪子は「患者の命を救う」という思いより、「当麻の役に立ちたい」「当麻がより手術しやすくなるような助手になりたい」という一心で、勉強に励むようになります。
医師としての当麻を尊敬して? それともそれ以上の思い(恋愛感情)があって?
夏川さんの純粋な演技は(当麻に約束を破られてふてくされるシーンなど)、そんな憶測を抱かせたりしますが、そこにはきっと恋愛感情はなかっただろうと思います。
浪子には、まるで勉強が楽しくて仕方ない、どんどん物事を覚えていく自分にワクワクして仕方ない、そんな子供のような純粋さがありました。
(当麻との)手術が楽しかったというその言葉は(「手術が楽しみ」というのは語弊があるかもしれませんが)、正直な気持ちだったのだろうと思います。
もちろん「人を救う」という喜びがあってこその楽しみですが、当麻へメスなどの器具を渡すタイミングがどんどんはまっていく、そんな自分の成長が嬉しかったんだろうと、思うんですね。
そういう意味で、当麻は浪子(の成長)をサポートする形になったかな。
演じるのは堤真一さんでした。
「孤高のメス」という言葉は、当麻のピッツバーグ時代の同僚・実川(松重豊さん)医師によるものですが、「孤高」の堅苦しい響きとは裏腹に、堤さん演じる当麻はおちゃめな先生です。
手術中に都はるみの曲をかけたり、ところどころにクスッと笑える要素が盛り込まれています。
病院の堕落した医師たちが醸し出す陰鬱な空気を、一瞬で吹き飛ばしてくれます。
素性もよくわからず、ただ熱心でちょっと変わったお医者さん、という印象。
堤さんの演技も、親しみを覚える、人間味溢れるものでした。
かっこよかったです。でも、なで肩だった!(ガーン!)
演技で圧巻だったのは、余貴美子さんです。
もー、なんですか、彼女は!彼女の演技は!!
彼女がいなかったら、この映画に涙はあっただろうか、見終わった後の爽やかさはあっただろうか。
最初から最後まで、「隣のおばさん」を魅せてくれました。
特に、誠が倒れて病院に運ばれてきてから続く慟哭の演技が凄かったです。
手術室に入る誠に「誠!」と泣き叫ぶ姿。
誠が脳死状態となり、うなだれる姿。
何より、誠がいつもボランティア活動をしていた浜辺でのシーンが良かった。
福祉活動に参加していた誠は、いつも浜辺で障害者の子供たちと遊んでいました。誠が脳死と診断されてから、誠のいなくなった活動を、静は見に行きます。
誠がいなくても変わらない、子供たちの笑顔と笑い声。彼らを見つめていると、そこに誠の幻覚が現れます。
強い潮風が静の思いを代弁するかのように吹き荒れる中、微かに笑う誠と、それに応える静。
強い潮風の音に、潮の香りを思い出しました。その中で、余さんの無言の演技が続きます。
もう言葉なんていらなくて、静の思いや、そのシーンが意味することを考えることもできず、でも何かを感じていて、涙が溢れ出て止まりませんでした。
この辺りは、余さんが口を開くたびに泣いてしまいました。
「一言」ではなく、「一息」にです。言葉が洩れるその一瞬前の吐息でもう、涙が溢れてしまうのです。
しかし、彼女の演技は決して過剰だったわけではありません。作品の中で異様に目立っていたわけでもなく、あくまでも一脇役に徹している。それが凄いなあって。
これはどの俳優さんにも言えることですが、浮いている人は誰もおらず、一つの物語の中に皆が溶け込んでいました。
誰か一人が主役として目立つ、ということもなくて。前述のように、主役の堤さんはどちらかというと脇役のような感じでしたし、かといって夏川さんが出しゃばっているわけでもないんです。
誰か一人のためにあるのではなく、皆が対等であったように感じました。
それにしても、まともな手術もできず、つまらないプライドで患者の命を落とし、さらに当麻を陥れようとする医師・野本を演じた生瀬勝久さんは、あんな役ばかりのような気がするのですが、気のせいかな(汗)。
はまり役なんですが、こんな役ばかりやってちょっと心配になってしまいます。もちろん余計なお世話ですが。。
生瀬さん……もー、生瀬さんのイメージが固定されていくー(泣)。
他に必見なのは、俳優さんが自ら取り組んだという手術シーン。
手だけを映す手術シーンは通常、本物のお医者さんにしてもらうそうなのですが、リアリティを追求して今作品では俳優さんたちが自ら行ったそうです。
臓器も本当に生きているようで、びっくりしました。
野本の失敗オペと当麻の美しいオペの対比も良かったですね。
ただ、失敗オペは正直言ってショックでした。吸引した血液を流しに捨てるシーンなどは初めて見る描写だったので、なんか見ていて全身が痛くなった(苦笑)。
※ ※ ※
誘われての試写会で、予備知識は全くないままに見ました(会場で渡されたチラシをちょこっと読んだくらい)。
タイトルの『孤高のメス』から受けた第一印象はシリアスで、重いヒューマンドラマなのかと思っていたのですが、それを良い意味で裏切ってくれる爽やかヒューマンドラマでした。
時代はやや遡るとはいえ、今でも議論の絶えない脳死を扱っているので、そこが中心となるのかと思っていたんです。でも「脳死」はあくまでも物語のアイテムの一つであり、中心はやはり当麻や浪子を巡る人間関係にあったように思います。特に、「母子」かな。
大人になった弘平を、成宮寛貴さんが演じています。作品の冒頭と最後にちょろっと出てくるだけですが、彼の存在も作品に爽やかな風を吹かせていて、とても良かったです。
毒がなくていいですね、成宮くん。最近気になっている俳優さんの一人です。
素敵な映画でした。
脳死や地域医療といった社会問題を扱っていると、それらの問題に偏って押しつけがましくなったりするのですが、そこをあえて一つのパーツに抑えて、あくまでも人間ドラマに焦点を当てていたことに好感が持てました。
もちろん軽視してはならない問題ではあるのですけどね。これはこれで良いと思います。映画としてね。
というわけで、笑って泣いて、元気をもらいたい方にお勧めの映画です。
海辺の町に住んでいたことがある人は、あの潮風の描写だけでも、グッとくるものがあるんじゃないかなあ。良かったです、潮風。