『手のとどく限り』(原題『息』)~アジアフォーカス・福岡国際映画祭2010

楽しみにしていたアジアフォーカス福岡国際映画祭。今日で2日目ですが、楽しんでいます。

初日は『手のとどく限り』(韓国)と『マニラ・スカイ』(フィリピン)を鑑賞。今日は『お父ちゃんの初七日』(台湾)と、協賛企画で行われている台湾映画祭の『海角七号/君を想う、国境の南』を見てきました。
すべての映画の感想を書けるかどうかはわかりませんが、まずは『手のとどく限り』の感想から書いてみます。

まあ、ぼちぼちネタバレです。

内容は、アジアフォーカス・福岡国際映画祭の公式サイト(こちら)より抜粋。

障がい者施設で過ごす肢体障がい者同士の恋。妊娠したことから、性的暴力を疑われ、中絶を余儀なくされる。健常者の善意に鋭いメスを入れる、一種挑戦的な作品。

原題は『息』。
韓国語のタイトルの下には英語で「Elbowroom」(意味:十分な余地,ゆとり;(束縛からの)自由)と書かれているけど、ティーチイン(「質疑応答」のことをこう言うんですね……)でのハム・ギョンノク監督のお話によると、もともとは英語のほうのタイトルを念頭に置いていたそうです。
『息』になったのは、撮影中音響さんに「彼女の息遣いで感情が伝わってくる」等という指摘を受けて、とのこと。

音楽もなく、会話も少ないこの映画では、会話もままならない主人公たちが発する息がとても重要になっています。それは意思疎通に言葉を使うことが当たり前の私にとっては、慣れなくて、息苦しささえ感じるものでした。
私はこのような映画を見るのは初めてだったので、正直言って冒頭のシーンからかなり困惑しました。
とにかく映像も音も生々しくて。特に音、“息”。脳まで圧迫するような登場人物たちの息や呻きに、耳を塞ぎたいと一瞬でも思ったことを否定できません。

そしてティーチインでも質問のあった、カメラの高さ(悲しいことに私は質問されるまで気付かなかった)。
主人公のスヒ(パク・ジウォン)は小柄な女性ですが、カメラは彼女の視線の高さ、あるいはそれより下からのアングルが徹底されていました。
監督さんによると、これはリアリティを出すためではなく、人間の欲望といったものに焦点を当てるため(←ちょっとうろ覚え)だという話でした。
意図はともかく、そのことが“息”とともに、主人公の世界のリアルな部分を私たちに見せてくれたことは確かでした。

その主人公と同じ視線に立った世界というのは、私にとって未知の世界で、戸惑いは最後まで消えませんでした。
特に言葉のない世界がこんなに苦しいものだったということが、ショックでした。
さらに、スヒの視線だと、普通に会話をする健常者たちが別世界の人間のように感じられるんです。
施設にはボランティアの人たちが定期的に訪れるのですが、彼らの初めての登場シーンで会話が遠くから聞こえてきた時に、ものすごく変な感じがしました。それは恐怖にも近かった。「何かがきた」といったような。
自分の知らないところで勝手に話が進んでいく。意志を表明してるのに、誰も本当には耳を傾けてくれない。
スヒの置かれた世界は孤独でした。そこに存在しているのに、見えない壁が彼女の周りを覆っているような。

その中で彼女が孤独でなかった世界というのが、恋人との密会に使っていた物置小屋(らしき部屋)でした。
そこに彼を連れて行き、汚れた鏡で髪形をチェックし、口紅を塗り、彼とのひと時を楽しむ。
彼とのセックスの後の表情が、とても穏やかで本当に幸せに満ちていたのがとても印象的でした。本当にいい表情で。好きなシーンのひとつです。

この作品には、劣悪な障がい者施設の環境、性的虐待、「善意」が善意になっていない健常者の行動まで、障がい者を巡る環境についての問題提起という一面があったのは確かだと思うのですが、ハム監督も仰っていたように、スヒという一人の女性の生き様を描いた作品でした。
ティーチインでは、観客の質問を受けて、監督さんがこの映画を見た障がい者の方たちと作品について語った時の話をしてくださいました。その話によると、映画を見た障がい者の多くが、障がい者の置かれた環境云々についてではなく、一人の女性の生き様を描いた作品としてこの映画を見ていたそうです。

ラストは彼女の葛藤と決意(?)の表情で終わります。
これから先も彼女には様々な困難が待ちかまえていることは容易に想像できるわけですが、あの力強い眼差しに救われた気がしました。その後、エンドロールで流れた歌にも。

※  ※  ※

……と、私なりに感じたこと、でした。
ツイッターでも呟いたんですけど、タイトルとパンフの内容紹介には少し違和感を覚えます。
タイトルは原題の『息』でよかったんじゃないかと。今回が初めての映画祭で、何もわからない私が『手のとどく限り』というタイトルとパンフの紹介文を読んで興味をそそられたことは確かなんだけど。。
あと、公式のパンフやガイドブックには彼女が中絶させられると書かれてます。でも、作中では中絶までいかないんです。たぶん最後の保護者とのやりとりで、中絶を示唆する話が出ていたっぽいのだけど、記憶にないんですよね。
私が字幕を見逃していたのか、ただ単に読解力がないのか(苦笑)。
パンフの文を読んで、中絶するもんだとばかり思っていたから、何かあるたびに「あ、次は中絶のシーンかも」と身構えてしまいました。目を覆いたくなるようなシーンがあるんじゃないかと思ったりしたので、落ち着かなくてね……(先読みはダメですねえ)。

主人公スヒを演じたパク・ジウォンさんは障がい者で、手足が不自由で、言葉もうまく喋れません。
今回は監督のハム・ギョンノクさんとともに福岡にいらしてました。

ティーチインでは当然ながら(?)、パクさんをキャスティングした経緯についての質問がありました。
監督によると、彼女ははじめ障がい者の演技をアドバイスする立場だったそうです。でも、彼女を使ったほうがいいと思って打診したとのこと。
打診があって、パクさんは最初迷ったけど、引き受ける決意をするのに時間はかからなかったそうです。
彼女の言葉で印象に残ったのは、どんなに演技の上手な俳優さんでもできないことはある、との言葉。
本当に本当に、このパク・ジウォンさんだったからこその映画『息』だったと思います。スヒを健常者が演じていたら、なんて想像できません。
パクさんのスヒを見ることができて良かったです。

映画を見た後はどう感じればいいのかさえわからないほど困惑していたのですが、ティーチインでハム監督やパクさんのお話などを聴きながら、少しずつ冷静になれた、といった感じです。
ティーチインを見たのは初めてでしたが、いいものですね!
この作品では通訳さんとのやりとりがちょっと微妙で、質疑応答がうまくなされていなかったのが気になったけど、それでも初めての私には十分楽しめました。

『手のとどく限り』(原題:Elbowroom/?)
2009年/韓国/104分
監 督:ハム・ギョンノク
出演者:パク・ジウォン、シン・ヨンスク、ホン・ソギョン

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