川端康成『舞姫』

森鴎外ではありません。川端康成の作品。
元バレリーナで今はバレエ教室を開いている母の波子、母とは違う教室でバレエを習う娘の品子。妻にたかって生きてきた父の矢木と、両親に否定的な息子・高男。それに波子の元恋人・竹原など、矢木家を取り囲む人々を交えながら、戦後の壊れゆくある家庭を描いています。

※  ※  ※

これまで読んできた川端作品では「女性」に軸が置かれ、一際魅力的なヒロインがいたのですが、今回は女性より「家」に重点が置かれていたように思います。
波子や品子、品子の友人であり波子も可愛がっている友子、と、女性は何人も出てきて、それぞれが興味深いエピソードを抱えていますが、著者はどこか突き放すように書いている。
私はこれまで川端作品では、川端さんが描くヒロインに惚れてしまうことが多かったのですが、今回は誰にも惚れることができなかったんです。
これは、巻末の三島由紀夫の解説を読んですっきりしました。彼は、

女というものを、これほどただ感情的に女らしく、女に何の夢も抱かずに書いた小説はない

と書いてるんです。
彼の解説に完全同意というわけではないのですが、少なくともこの作品に「女に対する夢がない」というのは同感です。
これまで読んできた川端作品が、異常なほどに(川端さんの女に対する夢は、女である私にとってはちょっとしんどい面もある)女性を美しく描いていたのに比べると、この作品はどこか冷めている。
ただ、女性に限らず、この作品の登場人物たちは皆魅力に欠けます。ぼんやりしてる。表紙裏の説明には「無気力」という言葉が記されていますが。

家庭が問題を抱えているのに、誰もそれを解決しようと積極的には動かず、入った亀裂を直そうともしない。
「家」はもはや家庭でも家族でもなく、ただの箱物になっています。
それでも、完全に壊れることはないんですね。いつか壊れる日が来るだろうと思えて、でも、来ないようにも思う。波子か矢木のどちらかが死ぬまでこのままの状態が続き、どちらかが死んだ時点で静かに問題がなくなって、何事もなかったような生活がまた続いていくんじゃないかと。

この作品は戦後すぐ(まだGHQの占領が続いている頃)の家庭を描いていますが、それから半世紀以上が過ぎた現代にもまだ通じるのではないかと思いました。あまり古臭く感じません。
差異はあれど、「家」というものが常に何かしらの問題を抱えているという点では、時代は関係ないんでしょうね。さらに言えば、国や地域さえも。
波子の台詞で面白い一言があって、彼女は「平凡な人が二人寄っても、結婚は非凡なものになる」と言っています。結婚は非凡である、と。
面白い表現だなあと思いました。我が家を振り返ってみれば、当たっているかもしれない(笑)。
人が寄れば、そこに波風が立つのは当然ともいえるかもしれませんね。気の合わない同士の結婚ですと、なおさら。
それで文句を言いながら、離れないわけですから、なんとも不思議な話です。

私は家庭のゴタゴタの話は好きなので、面白く読めました。悲しいというか、寂しい話ではあるんですが。
これまで読んできた作品と比べると、登場人物たちがみな魅力に欠け、小説の世界に入れなかったようには思います。人間が意識できない範囲で、何か(「家」とでも言うか)が動いているような、そんな感じでした。
ただ、私はバレエには疎いので、そのせいもあったかもしれません。バレエ関係の用語やエピソードが結構出てくるので。

でもまあ、面白いです。

あ、あと一つ。三島由紀夫の解説も面白いです。作品を読んだら、これも読んでほしい。
彼は、川端さんは女に何の夢も抱いてない作家だと言っていて、さらに彼にとっての永遠の美は「美少年的なもの」と言っているんですね。
「我田引水を笑われるに決まっているが」と前置きしながら書いてはいますが、あながち外れてもいないのかなあ、なんて思いました。
たしかに『山の音』の能面や『舞姫』の松坂(高男の友人。波子が「妖精みたい」と表現した)の登場は唐突なんですよ。松坂なんて、登場する必要があったのかなあと。
映画などで男性の同性愛者を描いた作品を見て思ったのですが、美しさにおいて、女性は男性を超えられないんじゃないかと思うことがあります。たとえば歌舞伎の女形でも、男性が女性以上の女性に変身しますよね(素人目にはそう見える)。
美的感覚が鋭い人は、性別なんて気にしないんじゃないかなあと思うんです。だから「美少年的なもの」(「美少年」ではない)というのは、完全に外れてるわけでもなさそうだなあと、解説を読みました。
まあ、私も川端さんのすべてを知っているわけではないですし、勝手な想像にしか過ぎないのですが。

ネットで『舞姫』の感想を探して読んでいたら、本編の川端さんと解説の三島由紀夫の文体を比べてみる、という楽しみ方もあるようで、なるほどと思いました。
両者は全然違いますからねえ。
読まれる機会があったら、ぜひそういう読み方もされてみてください。

舞姫 (新潮文庫)
舞姫 (新潮文庫)
クチコミを見る

2 comments to “川端康成『舞姫』”
  1. 川端の舞姫はこんな話ですか、もう、読んだ気になっちゃうよ。
    さて、ヴェルディの椿姫(道を踏み外した女)ですが、
    主人公はヴィオレッタですね。
    椿姫がすみれ姫になっているでしょ?
    カメリアがヴァイオレット・・・笑、 面白ですね。

  2. >iwamotoさん
    椿姫は一度も見たことないんですが、そうなんですか、ヒロインの名前はすみれなんですか。面白いですね。何か理由でもあるのかな…いつか見てみないと…。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA