藤沢周平『暗殺の年輪』(他4編)

藤沢周平の初期の短編集『暗殺の年輪』を読みました。軽く感想を。
結構ネタバレしてます。

収録作品は以下。

『黒い縄』
『暗殺の年輪』
『ただ一撃』
『溟い海』
『囮』

藤沢周平については時代小説を描いた人気作家ということしか知らず、これまで興味もなかったのですが、ひょんなことから勧められて読むことに。

表題作の『暗殺の年輪』で直木賞を受賞したということですが、私はデビュー作の『溟い海』とその次に発表された『囮』が気に入りました。

葛飾北斎の晩年を描いた『溟い海』は、失いつつあるかつての栄光が忘れられない老人画家の孤独と哀れみが胸に沁みました。
自分と異なるアプローチで風景画を描き、人気画家となった広重への嫉妬。嫉妬のあまり、北斎は彼を暴力で懲らしめようという企てまでたてるのですが、その嫉妬が静かに消えていく終盤が特に好きです。
七十年という年月を生きてきたからこそ見えた、広重が抱える深い傷。
北斎の人生と広重の人生とが肯定された瞬間でもありました。
そして、一人の老人の醜い嫉妬劇にも幕が下りたのです。

『囮』は、病弱な妹を養うために浮世絵の刷り師と下っ引を掛け持ちする青年の、儚い恋のお話。
彼が恋をしてはいけない相手に恋をし、それがあっけなく破れるまでを優しく描いています。お話自体は非情ですが……。
“靄”が何度も出てくるのですが、特にラストの朝靄の描写がとても良かったです。恋に破れた青年を優しく濡らすようで。ゆえに、悲しみも際立ちます。女たちの笑い声がまた残酷で。

濡らす、といえば、濡れ場も良かったです。私はこれくらいの描写が好きです。汚らしさや生々しさを排除した、しかし情熱に満ちた。青年が触れた夢をそのまま見たようでした。

そう、『囮』のヒロインもそうですが、女性の描き方に夢があります。皆、魅力的です。ああ、こういう人が、男性の理想なのかなあと思いました。
特に『ただ一撃』のヒロイン・三緒。彼女が死を選んだ理由は、あれは男性の願望としか思えませんでした。そりゃないよ、と思わず口に出してしまいそうでした(それゆえ、この作品は好きになれず)。

全体的に時代劇ドラマを見ているようでもあり、読みやすかったです。
ただ、娯楽的要素を含みながらも、人生の悲哀がかなり強調されており、決して楽しく読める作品群ではありませんでした。でも、そこがいいんですね。

暗殺の年輪 (文春文庫)
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