西村健『地の底のヤマ』

かつて炭鉱都市として栄えた「大牟田」を舞台に、町と人の歴史、光と陰、絶望と希望を描いた、熱い熱い物語。


読もうと思ったきっかけは、新聞の書評。福岡の炭鉱の歴史には前々から興味があったので、「これは!」と思い、買いました。

主人公は、大牟田で生まれ育ち、町をこよなく愛する刑事・猿渡鉄男。
昭和49年、彼が刑事になりたての頃を描いた第一部から、56年の第二部、64年の第三部、そして「現在」を描いた第四部。
一人の刑事の人生と同時に、大牟田という町の歴史も描かれます。
私は大牟田のことは本当に何も知らない状態で読み始めたので、どこからどこまでがフィクションあるいは事実なのか、判断つかなくなってしまうくらいに、詳細に描かれています。三池争議の話とかね。まあ、凄いっす。

作者の西村健さんは大牟田出身で、大牟田の歴史、大牟田で生きてきた人々の歴史を書きたかったそうです(本編の前にちゃんと書かれてます)。だから、ものすごく、愛に溢れてるんですよ。
町の光も、陰も、書かれてます。ある意味、炭鉱の歴史は差別の歴史でもあったこと。朝鮮人労働者の話は有名だけど、大牟田は与論島出身の労働者も多くて(私は何年か前に新聞記事で見たことがあったのですが、すっかり忘れてました…)、そのことにも触れられています。
あとは暴力団関係も。これも、大牟田を語る上では切り離せないんですね。。

炭鉱で栄えた町も、エネルギーが石炭から石油に変わり、衰退していくばかり。現在多くの地方が同じように抱える悩みも出てきます。
たとえば第三分・第四部では、「高速道路」や「イオンモール」「九州新幹線」なんて話題が出てきて、町の人々が語っているんですね。高速のインターができたけど何の恩恵もなかった、とか、新幹線の駅ができても町に人は流れてこない、とか、「イオン、早ぅ完成せんかなあ。そしたらまた、映画ば見れるごとなるとに」なんて。
彼らは「真剣に町の未来を考えて」というわけではなく、お酒を飲んで麻雀しながら、町の行く末について語っています。ちょっとした雑談です。でも、そこに何年も住んでいて、肌で感じていることでもある。
そういう人々を鉄男は愛していて、作者も愛しているんですね。それがすごく伝わってくるんです。
特に第四部の「現代」は、変わり果てた町に寂しさを感じつつも、この町で生きていくと決めた鉄男(すでに定年目前)の希望がいっぱい詰まっていて、何度も目頭が熱くなりました。町の風景は寂しくなったけど、彼は人々に希望を見出していきます。それは楽観的だし、厳しい現実の中でどれだけ実現するかわからないんだけど、どんなに小さな光でも、希望は希望なんです。
そしてラストシーンは、自然と涙が溢れました。唐突な展開でしたけどね、ここまでくると、もうそんなこと気にならないというか、鉄男の・・・作者の情熱の前に、圧倒されました。

この作品、ジャンルとしてはミステリーの部類らしいです。
鉄男の父親は大牟田で有名な伝説の刑事なんですが、彼が中学生の頃に殺されています。しかもその事件は未解決のままで、これが物語の大きな柱となっています(父親の事件が解決するかどうかも読みどころ)。そして各部ごとに、鉄男の人生を大きく変えた事件がそれぞれ描かれる、という構成です。
でも根っこはやっぱり、「大牟田」なんです。大牟田だから起きた事件、なんです。

本を買ってまず扉を開いた時、主な登場人物が書かれたページを見て、その多さにびっくりしたんですが、読んでいて混乱するということはほとんどありませんでした。
二段組863ページという壮大な物語。読み終わった後の充足感は、半端ないです。

※  ※  ※

作者の西村健さんは、中学まで大牟田で過ごしているんですが、その後鹿児島のラサール高から東大に進み、労働省に入省、フリーライターになったという経歴の持ち主だそうです。作中、鹿児島の有名公立進学校である鶴丸高校が出てきたので、なんで鶴丸?と思っていたのですが、鹿児島に住んでいた経歴も関係してるんでしょうか。
ちなみに作中では、鉄男の友人がその鶴丸高から東大に行き、大蔵省の官僚になっています。主人公と友人たちは、作者が自らを投影している部分もあるのかも・・・?

地の底のヤマ地の底のヤマ
著者:西村 健
販売元:講談社
(2011-12-20)
販売元:Amazon.co.jp
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