春から時間をかけて『アンナ・カレーニナ』を読んでいます。やっと下巻の半分ほどを読み終えて、残りわずか。物語も佳境を迎えようとしています。
ご存知のように、この物語は19世紀末のロシアを舞台に、タイトルにもなっているアンナ・カレーニナという一人の女性の愛と生き様を描いた長編小説です。
ただ、この小説はアンナが主人公ではありますが、もう一人、作者であるレフ・トルストイの分身ともいわれる「リョーヴィン」という男性の人生も、アンナと同じかそれ以上の割合で描かれています。
このリョーヴィンには兄が二人いるのですが、その一人「コズヌイシェフ」の話を今日は少し。
(ネタバレしてますので、これから読みたいと思っている方は要注意)
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下巻(第六編)は、このコズヌイシェフの恋話から始まります。相手はリョーヴィンの妻キチイの友人「ワーレンカ」という女性。
季節は夏。リョーヴィンとキチイは田舎の別宅に自身の親族やらを招いて、大勢で楽しい日々を過ごしていました。そこにはコズヌイシェフやワーレンカもいました。この二人が互いに好意を寄せていることに気付いているキチイは、この二人が結ばれることを期待し、リョーヴィンにも興奮しながらその話をしています。
ある日、面倒見の良いワーレンカは子供たちを連れて近くの森へキノコ狩りに行くことにします。コズヌイシェフはこの機会を利用して彼女に思いを告げようと(この時代はプロポーズです)、一緒についていきます。
森へ入り、はしゃぐ子供たちの様子を気にしながらも、二人きりになる機会をうかがうコズヌイシェフ。子供たちの相手に忙しくするワーレンカ。
少し離れたところから彼女たちの姿を眺めるコズヌイシェフは、森の風景に溶け込むように佇むワーレンカの美しい姿を見て、決心をし、彼女のもとへと歩み寄ります。
ワーレンカに伝える言葉を何度も心の中で反復するコズヌイシェフですが、いきなり思いを伝えることはできません。
「(キノコは)何か見つかりましたか?」と声をかけてくるワーレンカに、「いや、何も」と答え、彼女に同じ問いかけをしますが、彼女は子供たちに気を取られ、返事をしません。
「幼い時分を思い出すわ」そんなことを言ってワーレンカはコズヌイシェフと肩を並べ、二人は無言のまま歩みをすすめます。
ワーレンカはコズヌイシェフの覚悟に気付いていました。同じ思いでいた彼女は、彼の言葉を待っていました。しかし、もう誰にも話を聞かれない場所まできても、コズヌイシェフは何も切り出しません。
ここで、ワーレンカは何事もなかったかのように、再びキノコの話を始めます。コズヌイシェフはその直前に話していた、幼少の頃の話をしようとしていました。けれども、ワーレンカはキノコの話を始めました。そんな彼女に少しがっかりしながらも、再び幼少の頃の話へと持っていきたかったコズヌイシェフですが、そんな思いとは裏腹に、彼もまたキノコの話を続けてしまいます。
今話さなければ、もう二度と彼女に思いを告げることはできない。
コズヌイシェフは感じます。しかし、何度も心の中で反復した告白の言葉が口から出てきません。キノコの話ばかりが口から出てしまいます。ワーレンカも同じで、キノコの話を続けてしまいます。
そうしているうちに二人は、二人の思いが通じ合うことはないと悟り、頂点に達していた興奮も急激に冷めていきます。
足は自然と子供たちの方へと向かい、二人はそのまま帰宅。
結局、思いを告げることはできないまま、キノコ狩り、そして二人の恋は終わってしまいます。
二人は互いに想い合っていました。それは周りの皆も気付いていて、特にキチイは二人の愛が成就することを期待していました。しかし、叶いませんでした。
このくだりを読んだとき、何とも言えない感動を覚えました。こうやって両想いなのに、わずかなタイミングの差で、思いが実らずに終わってしまった二人の姿に、胸が締め付けられました。
私のまとめ方は下手ですが、トルストイの文章もさすがで…。
実はこの話を読んでいる頃、偶然別の場所でも似たような話を読みました。
某掲示板のまとめサイトに書かれていた、両想いだった女性に思いを告げたものの、実らなかった男性の話です。
改めて読み返したかったのですが見つけることができませんでした。うろ覚えですが、下記のような内容です(細かい部分は間違ってるかも)。
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男性が学生だった頃。友人として付き合いながらも、互いに想いを寄せていることに気付いていたある女性が就職?で遠方へ行くことになりました。
彼女が発つその日。彼は彼女を見送りに空港へ行きます。
空港で残りわずかとなった時間を過ごし、とうとう別れの時がやってきました。二人で出発ゲートへと向かう途中、彼が話を切り出そうかと迷っているところへ、彼女がすっと手を伸ばしてきて、彼の手を握ります。しかし、彼は何も言えません。彼女の手はすっと離れます。
そしてゲートへ。
彼女が振り向いて彼に別れを告げようとしたその時、彼は自分の思いを告げます。
手をつないできた彼女。きっと自分と同じ思いであるはず…そう思っていた彼に、しかし、彼女は複雑な笑みで応えたのでした。「いまさら…」
そのまま二人は別れ、結ばれることはありませんでした。
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この話は「理不尽な別れ」といったカテゴリーで語られていました。男性からすれば、なんで数分前には手をつないでいたのに「いまさら」なの?と、そういう気持ちだったようです。
私も、読んですぐは彼女の思いがわかりませんでした。でもこの話を読んだ別の方のコメントを見て、ハッとしました。彼女にとって、彼が思いを告げるべきタイミングというのは、手をつないだ時だったんですね。
彼女にしてみれば、彼の手を握ったこと=告白、だったのではないかと。いきなり男性の手を握るというのも、勇気がいることだと思います。その勇気を出した告白に返事がなかった時点で、彼女の中では気持ちがすっと冷めていったのでしょう。
二人のタイミングは、たった数分ですが、ずれてしまった。わずかなズレですが、そのズレが、二人が結ばれるか結ばれないかを大きく左右することとなりました。
この場合はどちらが悪いとかそういうのではなくて、「二人は合わなかった」「縁がなかった」、そういうことなんだと思います。それまでに結ばれなかったことにも、ちゃんと理由はあったのかもしれません。
わずかなタイミングの違いで実らない恋。
結婚(プロポーズ)もタイミングが重要などと言われますが、それまで他人だった人と結婚であれ恋愛であれ、ともに人生の大切な時間を過ごしていくわけですから、その出発点となる告白のタイミングが重要となるのは必然なのかもしれません。出発点が合わなければ、その後はないんですね。切ないけれど。
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で、『アンナ・カレーニナ』ですが、時間をかけて読んでいると書いたものの、じっくり理解を深めながら読んでいるというわけではなく、単に読むのが遅くて時間がかかっているだけです…。
学生の頃以来、約10年ぶりに読んでいますが、忘れていた場面ばかりです。コズヌイシェフとワーレンカのくだりも全く覚えていませんでした。当時は何も感じなかったんでしょうね。当時強い印象を受け、今でも覚えている場面はいくつかありますが、この場面は本当に忘れていたので。
どうして当時は何も感じなかったのか、不思議でなりません。こんなに素晴らしい場面なのに…。
両想いだけれど実らなかった――。
似たような経験をされたことのある方もいらっしゃるかと思います。私も一人、二人、思い出します。
ま、確かに仲は良かったけれど、私が勝手に相手も好意を持ってくれていると勘違いしていただけで、実際は私の片想いだったんでしょうけどね(笑)。でも、両想いだったと、ちょっとだけ信じたい。。両想いだったところで、何かが変わるわけではありませんが。
人恋しい季節に。久しぶりに恋の話でした。
ブログ記事拝見させて頂きました。とても参考になりました。ありがとうございます。私もアンナ・カレーニナの読了に凄く時間がかかりました。ありがとうございます。
有田さん
コメントありがとうございます。
7年前に書いたもので、私も久しぶりに自分で読み返しました。なんだかお恥ずかしいです^^;
『アンナ・カレーニナ』、私も苦労しましたが、その分読了後の感動もひとしおでした。好きな作品の一つです。