村下孝蔵さんの美しい歌声とギターの音色が堪能できる、ライブ音源を収録したアルバム。
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私が村下孝蔵さんと出会った場所は、Youtubeでした。
もともと80年代の曲が好きでYoutubeでよく聴いているのですが、たまたま関連動画に出てきた村下さんの『初恋』を聴いたことが、彼の楽曲との出会いでした。
一目惚れ…とでも言うか、気持ちのよい伸びやかな歌声と、美しい言葉遣いにすぐに好きになりました。
それから数年は経ったでしょうか、今になってやっと彼のアルバムを手に入れました。
ライブ音源を収録したこのアルバムは、『初恋』『踊り子』『ロマンスカー』などの代表曲が入っており、初心者の私にぴったり。
最近は寝る時によく聴いています。
収録曲は以下の通り。※ボーナストラックの14は、村下さんのバンドの中心的存在だった経田康さんによる演奏。
1.踊り子
2.春雨
3.90ページの日記帳
4.ゆうこ
5.同窓会
6.松山行フェリー
7.浜辺にて
8.夢の跡
9.りんごでもいっしょに
10.ロマンスカー
11.初恋
12.歌人
(ボーナストラック)
13.手のひらの愛
14.また逢う時まで(Instrumental)
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村下さんの曲は、彼自身の声の美しさ・歌唱力・ギターテクニックの素晴らしさはもちろんのこと、歌詞もとても良いと思います。
「答えを出さずに いつまでも暮らせない」(『踊り子』)
「五月雨は 緑色」(『初恋』)
「心を編んだセーター 渡す事もできず」(『春雨』)
「夕焼け 本当にきれい」(『りんごでもいっしょに』)
「愛を貯めてた 少しずつ」(『ロマンスカー』)
抜粋したのはすべてAメロの冒頭部分。まるで小説の冒頭のように、これからどんな物語が始まるのだろうと、ワクワクさせてくれる歌詞です。そして、次から次へと繋がっていく言葉に、情景がふわっと広がり、あっという間に歌の世界に引き込まれていきます。
アルバムに収められた曲の中で特に気に入っているのが『踊り子』です。
答えを出さずに いつまでも暮らせない
バス通り裏の路地 行き止まりの恋だから
何処かに行きたい 林檎の花が咲いてる
暖かい所なら 何処へでも行くつまさきで立ったまま 君を愛してきた
南向きの窓から 見ていた空が
踊り出す くるくると 軽いめまいの後
写真をばらまいたように 心が乱れる表紙のとれてる愛だから かくしあい
ボロボロの台詞だけ 語り合う日々が続き
坂道を駆ける 子供達のようだった
倒れそうなまま二人 走っていたねつまさきで立ったまま 僕を愛してきた
狭い舞台の上で ふらつく踊り子
愛してる 愛せない 言葉をかえながら
かけひきだけの愛は 見えなくなってゆくつまさきで立ったまま 二人愛してきた
狭い舞台の上で ふらつく踊り子
若すぎたそれだけが すべての答えだと
涙をこらえたまま つまさき立ちの恋
ララ…
若い2人の、息の詰まるような恋愛模様が描かれています。
互いに愛を信じられなくなった2人。
信じたい、でも信じられない。
このままでいいのか、迷う未来。でも離れられない。
「林檎の咲いている 暖かい所」という言葉が示すように、心に溢れる矛盾した思いに苦しむ若い2人の姿が目に浮かび、聴くたびに胸が締め付けられます。
「つまさきで立ったまま」「若すぎたそれだけが すべての答えだと」
若さゆえに、一生懸命すぎたんですね、きっと。
この曲の2人のように、恋愛のことでこれほどまで悩んだり苦しんだりすることもなくなった今、かつてほどこのような曲を聴いて涙することもなくなりました。(以前はこういう曲を聴くとポロポロ涙をこぼしていました…)
今、村下さんの曲を聴くと、好きな人からのメールの返事が遅いだけで落ち込んでいたような純粋さが失われたことに寂しさを覚えます。
それは決して悪いこと、ではないんですけどね。自分自身でも恨んでいた弱さや、優柔不断さというものから、今は解放されているわけですから。ただ、その純粋さゆえに豊かというか振れ幅の大きかった感受性も、今は失ってしまったように思います。(空を見て感動することも少なくなりました。)
「絶対に忘れない」と思っていたことも、時が経つにつれ記憶の片隅に追いやられ、存在が薄くなっていき、思い出すこともなくなって、忘れていく。
あんなに悩んだのに、あんなに泣いたのに。苦しんだ時の痛みさえ、忘れてしまう。
本当は、覚えていなければならないんですけどね、「痛み」というのは。
こうやって悲しい恋の歌をふと聴きたくなるのは、「痛みを忘れるな」という、過去の自分からのメッセージなのかもしれません。
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このアルバムはアコースティックライブの音源で、すべてギターのみの演奏となっています。
『踊り子』は、動画でもわかるように流れるようなギターの音色が堪能できます。ギターはよくわからないのですが、初めて聴いた時はギターってこんなに豊かな表現ができるんだ、と驚きました。
歌声を堪能するなら、『春雨』でしょうか。サビの伸びやかな高音(決して無理をしない、心地よい響きです)が好きです。『ロマンスカー』の高音もいいですね。曲はその名の通り疾走感あふれる楽曲なんですが、その疾走感が、止められない時の流れに焦燥感を覚える1人の青年の苦しみを表現しているように思います。
『歌人』は、爽やかさを排した低音が心に響きます。歌詞の内容から、他の曲と比べると少し年を重ねた恋愛の歌のようです。淡くて切ない青春より少し先の、後悔も滲む歌ですね。
歌詞カードにはギターのコードも書かれています。ギターができる人は弾き語りの練習ができるかな。あと『踊り子』の楽譜も付いていました。
13ある曲の中で、どれか1曲は琴線に触れる曲があるのではないかと思います。忘れてしまった、忘れかけている懐かしい切なさを思い出したい方におすすめのアルバムです。