200メートル

わずかに外気に触れる肌に、滴が落ちる。
黒い雨雲に押しつぶされるように、西の空の底が赤く染まっていた。

冬用のウォーキングウェアに身を包み、手袋にニット帽、口元にはマスクをして、ただ前だけを見つめて歩いていた。
数か月ぶりの、夕暮れのウォーキングだ。

天気予報など見もしなかった。家を出る時はたしかに青空が出ていた。
(私にとっては)突然の雨に驚きながら、今年はよく雨に濡れる、「よく」と言ってもこれで二回目だけど、と心の中で笑う。
思い立って家を飛び出したときに限って、天気に恵まれない。そんなもの。

ウォーキングコースの途中に、小さな池のある公園がある。
一周何メートルになるのだろうか。わからないまま、池の周囲の遊歩道を歩く。
すれ違う人々は誰もが飼い犬を連れていた。楽し気にはしゃぐ犬に、マスクの下から微笑みかける。
もちろん、犬たちは気づかない。私に視線を向けることなく、横をすり抜けていった。

雨粒が増えていく。
振り向いたら誰もいなかった。
ふと足元に目をやると、擦り減った白い文字が見えた。

「200m」

それは懐かしく、苦い距離だ。
中学時代、人間関係を理由に辞めた陸上部で、私は200メートルを走っていたのだった。
走るのは好きだった。体を動かすのも好きだった。
もう何年も全速力で走っていない体が疼く。
気が付くと私は軽く右脚を引き、心の中で「ドン!」とスタートを切っていた。

冬が肌を擦る。
持ち上げた太ももが視界の隅に入る。
忘れていた感覚がよみがえる。走る喜びが全身を貫く。
ずれていくニット帽を右手でとって握りしめ、私は加速した。

しばらくして、予想通りに呼吸が荒くなっていた。脚が重い。
あれ、200メートルってどこからどこまでのこと? 長いような気もする。

でも、最後まで走りたい――

私は走り続けた。「ゴール」と決めた場所まで。

スタート時の勢いなどすっかり失った足取りで「ゴール」に辿り着くと、私はすぐさま目の前にあるベンチに腰掛けた。
肩で息をする。冬と雨に冷えた空気が勢いよく肺に吸い込まれていく。
すると、池の斜面の階段から男性が一人、口笛を吹きながら現れた。
ああ、いたんだ。
視線を池の先にやったまま、私は彼の存在に気づかないふりをした。

確かに走り抜けた200メートル(あるいはそれ以上の)。
ひさしぶりの疲労感は達成感となって、私を満たした。
気持ちよかった。
ただのウォーキングでさえ感傷的にしてしまう今の自分に呆れながら、私はその気持ちよさに酔っていた。

乱れた髪に、滴が落ちる。
冬の空気が全身に染み渡ったのを確認し、私は再びニット帽を被って公園をあとにした。

———

2022年12月11日の出来事。

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