『アブラクサスの祭』

鬱病と闘いながら、周囲の支えと音楽によって立ち直っていく僧侶のお話。

以下、ネタバレあります。

※  ※  ※

ストーリーはシネマトゥデイより

かつてロック・ミュージシャンだったうつの僧侶・浄念(スネオヘアー)は、福島の小さな町で妻子と共に暮らしていた。何事にも不器用で、法事や説法すら思い通りにいかない彼が、ある日この町でライブを行うと言い出す。応援する人もいれば罰あたりだと怒り出す人も現れ、彼を温かく見守っていた妻の多恵(ともさかりえ)や住職の玄宗(小林薫)は困惑する。

見所はなんといっても浄念、スネオヘアーでしょう。
浄念の真っ直ぐな性格、そしてスネオヘアーの真摯さが伝わる演技に好感が持てます。
スネオヘアーは実際に歌で生きているだけあって、歌に対する思いやライブシーンで見せる情熱には説得力と迫力がありました。
そして、彼の歌声は初めて聴いたのですが(スネオヘアーは名前しか知らなかった)、声がとても良いですね! 体育館で高校生を相手に講演するシーンから始まるのですが、マイクを通して響いた第一声にドキッとしました。
喋るときもいいですが、ライブシーンを見て、やはり歌っているときが一番いい声だなあと思いました。
あと、お顔もいいです。印象的な太い眉と大きな目は(そういえば映画の中では父親が鹿児島にいるとかいう設定だったけど……)、浄念という人間に合っているように思いました。

一言で言うならば「まっすぐ」な映画。公式サイトにもありましたが(さっき気付いた)、鑑賞後に感じたのはまさに「まっすぐな映画だなあ」でした。

人間ドラマを評する際によく「(登場人物の)息遣いが聞こえる」などという表現をしますが、この作品はそういうものよりずっと奥にあるものに触れた映画だと思いました。
それに気付いたのは後半、序盤から印象的に使われている「鏡」や「裸」というキーワード(浄念はライブで脱ぐ癖がある)の意味が明かされたときでした。
一瞬びっくりしてしまうシーンですが、浄念の語りとそれに応える多恵のやりとりに心は落ち着いていきます。ストン、とこの作品が飲み込めたような。
特に「本当の自分など存在しない」という言葉は印象的で、浄念が生きていく上で支えとしている考えがはっきりと見えたシーンでした。

また、音楽によって生きる力を取り戻した浄念と、これからそれを見つけていく高校生の隆太(村井良大)が語らうシーンもとても良かったです。
父親を自殺で亡くした隆太は、父親を救えなかったことで自分を責めます。父が死んだのは自分のせいか? と問う彼に対し、「答えは出ません。だからずっと抱えていくんです」と答えた浄念。
後悔や苦悩を引きずることは良しとされないことがありますが、それらを抱えていくと決意することで、前へ進めることもあるんですね。一番胸に響いたセリフでした。

浄念を温かく見守る住職・玄宗(小林薫)と彼の妻・朝子(本上まなみ)の存在は、この作品の優しさそのもの。
2人を演じる小林薫と本上まなみは、感情を抑えた演技が他のキャラに比べ目立っているように感じ、初めはそれが気になっていたのですが、話が進むにつれ浮かんできたのは彼らの優しい眼差しでした。お寺に差し込む暖かい光や2人を纏う空気というのも、温もりに満ちているんです。
朝子がある時、浄念のことを「ほんとにおかしくなっちゃったのかしら」とポロッと洩らすのですが、あれってたぶん観客の本音でもあると思うんです。
「ああ、やっぱりそう思ってたんだ!」なんて私なんかは思ったんです。
でも、話はそこで終わって、2人は今までと変わらず浄念に接していくんですね。その優しさ・温かさが嬉しかったです。
優しいのはもちろん彼らだけではないんですけどね。まあ、象徴という感じです。

それにしても、この2人は結構年が離れていますね。最初は「あれ、夫婦…だよね?」と思ってしまったくらい。玄宗が結婚した際には近所でいろんな噂がたったろうなあ、と余計なことを考えてしまいました(笑)。

舞台となっているお寺は禅宗で、葬式やお祓いのシーンなどは禅宗の様式にのっとってされているようです。が、タイトルの「アブラクサス」という言葉は「善も悪もひっくるめた、神の名前」であり、仏教用語ではありません。さらにエンディングに流れる曲は、スネオヘアーとともさかりえによってカバーされたレナード・コーエンの『ハレルヤ』。
……というふうに、いろんな宗教の要素が混じっています。宗教に疎い私はその方面に関しての感想を抱くことすらできません。残念。。
ただ、宗教がいちテーマとなってはいますが、難しいといったことは全然なく、むしろわからない人にも寄り添ってくれているような作品です。

なかなか個性的で好き嫌いわかれそうな作品ではありますが、私は好きです、この映画。
仕事帰りに見たのですが、疲れをほどよく癒してくれました。

『アブラクサスの祭』 公式サイト
2010年/日本/1時間53分
監督・脚本: 加藤直輝
原作:玄侑宗久
脚本:佐向大
音楽:大友良英
撮影:近藤龍人
キャスト:スネオヘアー、ともさかりえ、本上まなみ、村井良大、ほっしゃん。、たくませいこ、山口拓、草村礼子、小林薫 他

※2月16日、シネ・リーブル博多駅にて鑑賞

2 comments to “『アブラクサスの祭』”
  1. アブラクサスという言葉、40年ぶりに聞いたような。
    ピーター・グリーンの「ブラック・マジック・ウーマン」をカヴァーした演奏が2曲目に入っていて、かなりヒットしました。
    でも、「フリートウッド・マック」の「イングリッシュ・ローズ」で聞ける演奏のほうが好きです。
    ピーター・グリーンはブルーズブレイカーズで、エリック・クラプトンの後任でした。
    というような年代のわたしです。 「キス」読みました。
    わたしは、額はそれほど広くなっておりません(笑)
    きょうの東京は20℃くらいという暖かい日となりました。

  2. >iwamotoさん
    拙い小説を読んでくださり、ありがとうございます。
    直接言及しないで年の差を表すにはどうすればいいか、と考えてたどり着いたのが額の広さでした。
    私が想定している年齢より若い世代でも結構広い方がいらっしゃいますけど、一般的なイメージを頼って書きました。
    伝わっていればいいのですけど……。
    福岡も今日は暖かかったです。コートだけ春っぽい色で出かけてみました。
    でもまた来週?には寒さが戻ってくるそうです。。

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