2月も明日で終わり

 実は今日も仕事帰りにネットカフェ寄ってます。今、自由空間にいます。
チュートリアルがイメージキャラクターのあそこです。

 どうしても家に帰る気になれなくて。
今までは長くても3時間パックを利用するくらいだったんですが、今日は6時間パックを利用してます。だって500円しか料金違わないのに、3時間も多く利用できるんだもん!(笑)
 3時間じゃちょっと物足りないとも思っていましたし、思い切って6時間にしてみたんですが、6時間はちょっと長すぎるかも…(苦笑)。
さすがにネットサーフィンにも飽きてきて、今日2回目の日記を書いているところです。

 明日で2月も終わりです。なんかあっという間でした、今月。何にもしてない気がします(汗)。
 3月は本当に忙しくなりそうです。仕事も辞めますし、引越しもしなければならないし、考えただけで倒れそう…。

 春は「出会いと別れの季節」なんて言いますが、正確には「別れ」が先ですよね。

「別れと出会いの季節」

何となくゴロが悪いですけど、3月の別れ、4月の出会い、ですから。

 皆さんはどんな別れと出会いがありそうですか?

寂しい別れ?

嬉しい別れ?(笑)

 私は寂しい別れかな。好きな人ともお別れですし(笑)。
別れといっても、人との別れだけでなく、土地(街)との別れもあります。
 街との別れはちょっと嬉しいかもしれないです。あまりいい思い出がないから。
生まれ育った故郷なのに、そんな風に思ってしまうのは自分でも悲しいですけど…。

 なんか取り留めのない日記になっちゃいました。
…それはいつものことか(汗)。
 とにかく、2月は明日で終わりということが言いたかったわけです!(なんじゃそりゃ)
 3月のトップ画の写真をどうしようか考え中です。コンテンツの更新はサッパリですが、トップ画だけはできるだけ毎月変えるようにしてます、一応。
 最近写真撮ってないのでネタ切れです。うーん…
1日には変えられるようにしたいですが、遅れちゃったらごめんなさいです…(汗)。

7 Comments
  1. メロンぱんちさんの所からお邪魔します。
    >>皆さんはどんな別れと出会いがありそうですか?
    →自分はあと少しで高校の卒業式ですね。しかし、『悲しい別れ』とは言えないでしょうね。普通にこれからも遊ぶでしょうし。
    それよりも大学生活が色んな意味で楽しみですね。というより大学受験が完全に終わって最近は物凄く暇なので、『早く大学生活始まらないかな~』と。

  2. >チキソさん
    コメントありがとうございます!!
    受験お疲れさまでした。
    そうですね、卒業してもまた会うならあまり「別れ」という感じはないかもしれませんね。
    それよりも新しい出会いですね!
    受験が終わった後の時期ってほんと退屈ですよね。
    暇って結構辛いものなんだな、と思ったのを覚えています。
    でもあと1ヶ月、すぐですよ!新しい生活を楽しんでくださいね(^O^)/

  3. 自宅にPCがない頃、ケータイ一本で競馬ゲームの交流掲示板を設置してたんですが、ネットカフェは役立ちました。最近まで自由空間の会員カードも持ってましたし。
    「別れが会って新しい出会いがある」という順番がホントですよね。今にして思うと卒業のような儀式は人間を成長させてくれるものかも知れないなんて思います。明らかに一つの環境から脱皮しなきゃならないものでしたからね。
    チキソさん>
    意欲的ですね~。大学生になると、いきなり時間割を自分で作ってもいいという説明を受けるかと思います。私は束縛のキツいウップンを晴らすべく、思い切り一年目で楽をした為に、後に進級危機や卒業危機で悩む事になり、マジで円形脱毛症になりました(笑
    ご利用は計画的に☆

  4. >メロンぱんちさん
    私、大学の卒業式は出ていないんですが、学生時代の甘い考えから抜け出せないのは、卒業式にきちんと出ず区切りをつけられなかったからかな、と思います。
    同じ卒業でも「儀式」に出たか出なかったか、って結構重要かもしれないです。
    そういえば小・中・高・大といくつもの式と環境の変化を経て、子供から大人へと成長していくようになっているんですね。
    環境が変わると同時により広い社会へと一歩踏み出すようにもなっていますし、大人になるためのレールはひかれている。その上をどう歩んでいくかにかかっているんですかね、本当の大人になれるかどうかは…。
    なんか己を省みてしまいます(汗)。

  5. あまみっくさん>
    【オトナ】についてなんですけど、これって結構、テキトーなんじゃないかって思います。私自身もテキトーですが、例えば結婚して独立して…というタイプの友人なんかも、思いの外、テキトーなんですよね。きつい言い方をすれば「オママゴトごっこ」をしているような按配。きっと場数を踏む事でオトナに見えるようになっているだけなんじゃないでしょか。
    もっと判り易いのは、自分の父や、友人の父。社会的には立派と称される事があっても、酒癖の悪い人や、カネに疎い人なんてゴマンと居ます。私の場合は60代や70代の自治会長さんや、実務に長けた学校の教頭センセなんてのも実際に対峙してるんですけど、思ったより「オトナ」ではないんですよね…。
    当初のテーマからズレる可能性があるんですが、結構、そういうイメージだけが【オトナ】の正体じゃないのかって感じます。

  6. >メロンぱんちさん
    メロンぱんちさんの仰られた通り、「大人」はただのイメージかもしれません。
    「こんな大人になりたい」とか「私はちゃんとした大人になれているのかな」と思う時というのは、それこそ自分で作り上げた理想の大人像(それも結構ぼんやりとしたイメージだったりする)を思い浮かべているんですよね。
    (続く)

  7.  「大人」という言葉がただ“年齢を重ねた人、場数を踏んできた人”という意味だけで使われるならいいんですけど、そうじゃなくて。
    どこかに「大人」に完璧な人間像を求めていて、でも実際は身近にいる大人というのは完璧で素晴らしい人格を持っているわけではなく、理想と実像に乖離があって。
    うーん…うまく書けないです。「大人」って結構難しいテーマですね(汗)。

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