『ココ・アヴァン・シャネル』

先日観に行ってきました。
今年はシャーリー・マクレーン主演のシャネル映画も公開されていたと思いますが、2008年はココ・シャネルの生誕125年だったそうで、それに合わせての映画化ラッシュなのでしょうか。
ちなみにシャーリー・マクレーン主演『ココ・シャネル』は2008年制作(米・英・仏の合作)、本作は2009年制作(仏)です。

主演は、日本では『アメリ』でお馴染みのオドレイ・トトゥ。
彼女の愛人となる将校バルザンをブノワ・ポールヴールド、彼女の生涯の思い人となるアーサー・カペルをアレッサンドロ・ニヴォラ(私の大好きな『フェイス/オフ』でニコラス・ケイジの弟役を演じていたらしい)がそれぞれ演じています。
その他の主要人物としては、姉のアドリエンヌ、シャネルのファッションセンスの才能を見出して(?)帽子作りのきっかけを作った舞台女優のエミリエンヌくらいかな。

以下、ネタバレです。

1893年、ガブリエル(ココ・シャネル)が姉と二人、馬車の荷台に乗せられている場面から物語は始まります。行き先は修道院、馬車を運転していたのは父。二人は父に捨てられ、孤児として育ちます。

15年後。大きくなった二人は昼間に洋裁店で裁縫の仕事をしながら、夜はカフェ(というかクラブというかキャバレーというか)で歌を歌って生計を立てていました。
そこで歌っていた歌が、ガブリエルの「ココ」という愛称の由来になったそうです。
そしてそのカフェで、愛人となるバルザンと出会います。
冷めた目で周囲を見、人に媚びることをしないガブリエルが気に入ったバルザンは、彼女にパリの有名なカフェを紹介するといい(この頃は歌で生計を立てるのが彼女の目標だった)、その気になったガブリエルは当時働いていたカフェをやめるはめに。
しかし、歌の才能があったとは言えないガブリエル。姉は付き合いのあった男爵との結婚を夢見て、歌うことを諦めてしまうし、歌手の夢はあっけなく破られ、バルザンの元へと行きます。

バルザンはパリの郊外で仕事もせずに、一族の名誉と財産で遊び暮らす貴族。
強引な形で居候することになったガブリエルは、バルザンや友人達が繰り広げる上流社会の堕落した退屈な生活にうんざりしながらも、他に行く当てもなく、バルザンの元での生活を続けます。
しかし、そこでその後の彼女の人生を決める運命的な出会いをします。一人が女優のエミリエンヌ(バルザンのかつての愛人でもある)。そしてもう一人は英国人実業家のアーサー・カペル。

当時の華美すぎる(ガブリエルは「銀食器」だなんだとけちょんけちょんにけなす)女性のドレスや装飾品に反発を持つガブリエルは、エミリエンヌの被る、重くて首が折れそうなほど飾りだらけの帽子を批判し、これがいい、と自分が被っていた簡素なデザインの帽子を被らせます。
気に入ったエミリエンヌはその帽子をもらうわけですが、その帽子がエミリエンヌの周囲で評判になり、ガブリエルに帽子作りの仕事が舞い込んでくるわけです。

アーサー・カペルは、演じている俳優さんがとっても素敵でした。
いかにもだらしないオジサン貴族のバルザンと違い、洗練された英国紳士の雰囲気を醸し出していました。目の演技が良かったです。
彼は当時の流行のファッションを真っ向から否定し、一人だけ違う男性のようなシンプル衣装を着るガブリエルのセンスを褒めます。
バルザンが彼女を恥ずかしがって、人の集まる場所では離れたがるのとは対照的に、アーサーは彼女を褒め称え、公の場でも彼女に腕を差し出す(腕を組むことを許す)んですね。
あっと言う間に恋に落ちる二人ですが、アーサーは英国で資産家の娘と結婚することになっており、彼との結婚を夢見ていたガブリエルはショックを受けます。
バルザンに「自分と結婚すればすべて丸く収まる」と言われますが、彼女は「誰とも結婚しない」と宣言。愛人として生きていくことを選びます(実際にココ・シャネルは生涯結婚しなかった)。

その後、アーサーの資金援助でパリに帽子のお店を出したガブリエル。店も繁盛しますが、そんな順調な彼女にある悲劇が起き……。

……と、ストーリーはここまでにしておきます(と言っても9割くらい書いてしまった)。

タイトルに含まれる「アヴァン(AVANT)」は仏語で「前」という意味のようです。つまり、「シャネル」というブランドを確立する前のガブリエル(ココ)物語ということのようです。
タイトル通りに、物語はガブリエルがパリで帽子のお店を開いて繁盛しているところまでしか描かれません。エンディングは唐突ですし……。

孤児として育ったココ・シャネルがどのように名声と地位を確立していったのか。
当時の流行に闘いを挑み、それがどのような反発を受け、また認められていったのか。

その過程を観たかった私としては、肩すかしというかちょっと残念でした。
しかし、彼女の前半生も十分楽しめるものでした。ひねくれた性格も魅力的に見えるから不思議ですね。物事をズバズバと言ってしまうのは痛快でした。
男に媚を売るのを嫌いながら、頼らざるを得ない。
おそらく強がるのは弱さの裏返し。才能はともかく、性格的には彼女はそんなに特別ではないように感じました。意外と普通の人だったというか。

旧社会の制度と慣習の中で、小さきながらも反抗し、新しいモノを生み出していく。
周囲に笑われようとも(思っていたほど笑われてはいませんでしたけど)自分を恥じることなく、堂々と佇む姿はかっこよかったです。
それだけに、彼女が本当に世界のトップへと上り詰めていく過程が観たかった。続きがとても気になる終わり方でした。

私は高級ブランドには全く興味がなくて、シャネルといってもあのロゴマークが思い付くくらい(あと、ニコール・キッドマンが香水の広告に出ていたとか)。
身の丈に合わないブランドに群がる人々の姿に嫌悪を抱いているような人間です。
なので、「ブランド」にはあまり良い印象を持っていなかったのですが、ココ・シャネルがどのような理由で「シャネル」に辿り着いたのか、その過程を観て(半分はフィクションだと思ってはいますけど)、「ブランド」に対する見方がちょっと変わりました。
ブランドそのものと、それに群がる人々の間にはものすごい壁があるんですね。私はいくらお金を持っていても身につけられない、と率直に思いました。

映画では、ガブリエルのファッションは彼女の生き方そのものでした。彼女の周囲にいる、装飾ばかりの華美なドレスに身を包む上流社会の女性達も、ガブリエルが比較対象として現れることで、その姿が生き方そのものとして浮かび上がった。
私達は多くの場面で好きな服を着ることができますが、そこにどれほど自分の考えや生き方を表しているのか、ふと考えたりしました。服装に自由が認められた私達のファッションに、どれだけの意味があるのか、と。
ガブリエルも好きであの格好をしていたわけですが、そこにイコールとして様々な意味合いが含まれていたんですよね、歴史的な。だからこそ彼女のファッションには大きな意味があり、興味深く、刺激的であるんですね。

時代は20世紀初頭です。100年というと遠いのか近いのかわかりづらい年月ですが、あんな華美なドレスに身を包み、「働くことはバカだ」と笑い、夜な夜なパーティに明け暮れている貴族の姿はなかなか衝撃的でした。100年ってやっぱり遠いですね、外国のこととはいえ。
その中でガブリエルと英国人のアーサーが醸し出す雰囲気は際立っていました。アーサーは私生児で、自分で事業を興し世界を渡り歩いていたんですよね。
ガブリエルの「働きたい」という台詞も印象的でした。働くことが認められなかった時代というか社会だったんですね。。

この作品を観る前はちょこっと耳に入れていた情報から、ココ・シャネルは旧社会に反発し、闘っていった強かな女性、というイメージを勝手に持っていました(女性の自立とか何とか)。
しかし実際に見てみて感じたのは、彼女はただ一生懸命生きていただけ、ということでした。
最初からファッションに興味があったわけでもなかったし、彼女自身が、というよりは周囲の環境が彼女をファッション界のトップにのし上げていった、という感じです。
もちろん、才能やら何やら彼女自身の力があったからこそ成し得たことなのですが、彼女が生まれたのは歴史の必然であったかのような印象さえ受けました。

こういう新時代を築いた人物の生き様というのは、誰であろうが興味を持たずにはいられませんよね。私のような凡人にはなおさら。
他のブランド創設者の物語も観てみたいなあ、なんて思いました。
ブランドのコンセプトなどを詳しく知っていれば、なおさら楽しめるのかもしれませんが(逆の場合もあろうけど)、何も知らなくてもそれなりに楽しめました。結局、人間物語ですからね、映画って。

不満はいくつかありますが、まあまあ良かったです。500円で観ましたが、もうちょっと出してもいいかなと思いました。安くて申し訳ない。

この作品で、今年映画館および試写会で観た映画は12本になりました。
昨年はたしか16本だったと思います。20本くらいは観たかったですが、まあ仕方ないか。。年内にあと1本観に行くかもしれません。
そのうち、今年観た映画の総括でも書きたいと思います。

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