『悪人』 (2011/01/09追記)

北部九州を舞台とした映画『悪人』、やっと見ることが出来ました。
田舎の哀しみを描いた秀作です。

2011年1月9日に、ソラリアシネマの再映で二回目の鑑賞をしました。
最初に見たときと見方や感じ方が違ったので、その感想も追記で書いておきます。
一回目は2010年10月31日に鑑賞しています。
追記はここからどうぞ

※  ※  ※

内容は映画.comより。

芥川賞作家・吉田修一の同名ベストセラーを妻夫木聡&深津絵里主演で映画化した人間ドラマ。長崎の外れの小さな漁村に住む祐一(妻夫木)は出会い系サイトを通じて佐賀在住の光代(深津)と出会う。逢瀬を重ねる2人だったが、祐一は世間を騒がせている福岡の女性殺人事件の犯人だった……。監督は「69」「フラガール」の李相日。共演に岡田将生、満島ひかり、柄本明、樹木希林。

終始、田舎の哀しみに包まれた映画でした。
祐一が夜道、車を走らせるシーンから最後まで重苦しい空気。それはその先に起きる事件を暗示したものではなく、長崎の小さな村で暮らす祐一が抱える苦しみというか、打ち破れない閉塞感から逃れようともがき苦しむ姿そのものだったというか。

タイトルに「悪人」とあり、また作中で何度も「あんたは悪くなか」と言われるように、「誰が悪いのか」「何が悪いのか」「祐一は悪人なのか」といった点に囚われがちですが、そこにこの作品の本質はあるんだろうかと、疑問に思っています。
もっと深く、もっと違うところに、この作品の本当の良さはあるんじゃないかと(それが監督や作者が言いたかったことと同じだとは限らない)。
その一つが、この作品に漂う田舎の空気そのものです。祐一や光代をはじめとした地方に住む人々の閉塞した生活、表情、息遣い。
普段表に出ることはないけれど、ゆっくりとじっくりと人々の心を侵食している。冒頭から、祐一はその息苦しさから今にも爆発しそうでした(爆発の結果が殺人なのかもしれない)。

光代が出会い系で知り合った祐一にあれほどの感情を抱いてしまうのも、似たような経験のある人ならわかるでしょう。彼女が祐一を選ばざるをえなかった理由も(うまく言葉で説明できないけど)。
学校も職場も同じ国道沿いにあって、自分の人生はそこから離れたことがなかったという彼女の言葉に、私はドキッとしました。あの気持ち、わかる人にはわかるよね。。

祐一の住む古い町並みが残った長崎の小さな漁村も、区画整理で生活感が失われた佐賀の町も、どこか物悲しい。
ノスタルジックな田舎ではなく、ステレオタイプな寂れた地方都市でもなく、ただ哀しみが漂っている。
この作品の多くの登場人物は、その哀しみの中でもがき苦しむ人々でした。
共感できる部分があったから、最後まで本当に自分を見ているようで、胸が締め付けられて痛かったです。

田舎者の驕りかもしれないけど、見ている途中で、この空気を、哀しみを、都会生まれ都会育ちの人は受け取ることができるんだろうか、と思ってしまいました。
本当にこれは驕りだろうと思うけど。
「田舎」や「地方」というキーワードを見逃して「善悪」だけに囚われてしまったら、この作品の半分も楽しめないんじゃないかと思います。

映画の表現法(カットや暗転の長さ、演出、そして何より俳優陣の演技)は実に丁寧で、商業映画だと思っていた私は冒頭から驚いてしまいました。でも嬉しかったです。(金儲けのためでなく)本気でいい映画を作ろうとしている意志が伝わってきたから。
一つ残念だったのは音楽。使用回数はかなり抑えていたけど、久石さんの音楽は正直言って余計でした。他の場面で、自然の音(雨とか周囲の音とか)を大切に使っているだけに、ここぞという場面で久石さんの音楽が流れてきた時は面食らいました。かなり浮いてましたし。
久石さんの曲が悪い、というわけではありません(曲自体は良かったと思う)。冒頭の不穏なメロディは良かったけど、それでも音が大きすぎて違和感ありありでした。

俳優さんは、皆さん素晴らしかったです。
特に、祐一に殺された佳乃(久留米出身で博多に出てきたという設定。ここでも地方がポイントになってる)の父親を演じた柄本明さん、祐一の祖母(育ての親でもある)を演じた樹木希林さんの演技は圧巻です。
佳乃役の満島ひかりさんも、(殺されるまでの)都会に出てきて羽目を外しすぎた女の子と、幻影となって父の前に現れた時の“娘”と、佳乃の哀しみを演じきっていました。

主演の二人も良かったです。どちらも私の中では「そこそこのドラマ俳優」だったのですが(すみません)、この作品を見て変わりました。本当に良かった。
監督の李相日さんがNHKの『トップランナー』に出演した際、妻夫木くんに「暗い顔をした妻夫木じゃなく、祐一になれ」と何度となくダメ出しをしたという話をされてたんですが、まさにその成果が出ていたというか。「これかあ」と、彼の目を見て思いました。
ポスターでは違和感のある金髪に黒眉毛(笑)も、映画の中ではしっくりきます。外面だけそれっぽくしてみた、田舎の似非ヤンキーだから。

「善か悪か」に囚われていたら、何も見えてこないと思います。
「結局誰が悪いのかわからなかった」と思わせること、つまり、この世の中は善悪の二項対立では成り立たないということを知ることが重要なのだと思います。
監督や作者の意図はわかりませんが、何でもかんでも二項対立に持っていき、物事を単純化しようとする風潮に異議を唱えているようにも見えました。

『悪人』 公式サイト
2010年/日本/2時間19分
監督・脚本:李相日
原作・脚本:吉田修一
音楽: 久石譲
キャスト:妻夫木聡、深津絵里、樹木希林、柄本明、岡田将生 他

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<追記> 2011年1月9日、二度目の鑑賞により

前回の鑑賞では「田舎」「地方」といったキーワードにかなりこだわっていましたが、二度目の鑑賞ではそれらより祐一と光代の関係性について思うところがありました。
最初に見たときも、祐一と光代の間にある愛情は恋愛感情ではないということは感じていたのですが、それが何であるか具体的にはわかりませんでした。
今回見て、光代にとっての祐一は「守るべき存在」ではないかと感じました。母性愛的なものです。

じっと二人を見ながら思ったのですが、祐一との出会いからだんだんと強さを増していく光代に対し、祐一の瞳は不安に怯えていくばかりでした。表情も幼くなっていき、特にラストシーンは少年のようです。
光代が何から祐一を守ろうとしていたのか、警察からなのか、彼を悪者にする世間からなのか、ただ怯える姿に本能的に反応したのか……それはわからないのですが。
はじめから光代は祐一との出会いを特別なものにしようとしていましたが、彼が罪を告白してからは、光代が最初に描いていたもの(恋愛的なもの)とは違う関係になっていって、それが興味深かったです。

光代に母性的なものを感じたのには二つ理由があって。
恋愛に関して、やはり光代のほうが経験は豊富だろうと感じました。
どちらも少ないことは確かだとは思うのですが、光代は一度不倫かなにか、報われない恋愛をしたことがあるんじゃないかと思ったんです。
光代の過去はほとんど描かれていないし、この物語では重要ではないのかもしれませんが、二人の重なりを見て、見た目以上の年の差を感じてしまって。
それが、光代の愛は母性愛に近いのではないかと思った最初のきっかけです、たぶん。

あと、祐一は母親に捨てられたときから成長できていないのではないかとも、今回は考えました。
とにかく祐一の幼稚性が目に付きました。最初はそうでもないのに、光代と出会ってから急激に変化していったように感じました。本人も光代と出会ってから変化が起きた事を話していましたが。
前回は特別に思わなかった母親の登場シーンですが、今回はかなり嫌に感じました。余さんの歪んだ口元が憎たらしく、忘れられません。
彼にとって、母親に捨てられたことは深い傷となっているんだろうと思います。だから成長できなかったのかな、と。
もちろん、それと殺人を犯したこととは別問題です。
祐一の幼稚な部分に惹かれてしまった一面が、光代にはあったんじゃないかと思うんです。事件後のタクシーの中での表情は、恋人というより母親のようです。

ただ、光代が強くなれたのは、彼女が殺人犯ではないからだろうなあとは思いました。結局、人を殺めてしまった祐一の罪は光代にとっては他人事だから。
二人の間にはやはり、大きな壁があるような気がします。
だからあの後二人がまた結ばれることはないんじゃないかとさえ思うのですが、まあ、それは重要ではないかな。

……というわけで、今回は祐一と光代、二人に注目しての鑑賞となりました。
そうそう、前回見たときは「音楽が余計だ」ときつく書きましたが、今回はそれほどまで感じませんでした。むしろ、音楽につられて泣いてしまった場面もいくつか(笑)。
そのときの気分とか、その前に見た映画の印象とか、たぶんそんなことも関係してくるんでしょうね。不思議なものです。

2011年最初の劇場鑑賞映画は、この『悪人』となりました。
二回目の鑑賞でしたが、今回も楽しめました。やはり、好きな作品です!
再映で安いということもあってか?、お客さんも結構入っていました。嬉しいですね!

以上、追記終わります。

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