血縁も時間をも超越した「母と子(娘)」の絆を描いた物語です。
2時間がとても長く感じられました。それは良い意味で、深く私の体に染み入ってきた濃厚な2時間でした。
以下、ネタバレあります。
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14歳で出産し、生まれたばかりの娘を養子に出したことを後悔し続けているカレン(アネット・ベニング)。
生まれてすぐに養子に出され、自己実現を求めて1人で生きてきた才色兼備の女性弁護士エリザベス(ナオミ・ワッツ)。
夫との間に子どもができず、悩んだ末に養子をとる決意をしたケーキ屋のルーシー(ケリー・ワシントン)。
この三人の物語を軸に、母として、娘として生きていく女性たちの姿が描かれます。
男性(父親)の存在が意図的に排除されており、上記の三人以外の親子もほとんどが母子家庭です。「父親はいなくて当然」とでも言うような大胆な設定に驚きましたが、むしろそれは清々しささえ感じるほどでした(この点、男性はどう感じるでしょうか)。
カレンは娘を養子に出したことを37年間後悔し続け、そのためだけに生きており、気難しい性格で友人もいません。
その彼女の心を解きほぐすのが、職場の同僚であるパコ(ジミー・スミッツ)です。この作品で、唯一良い印象で描かれている男性と言ってもいいかも?(笑)
彼との出会いにより、カレンの表情が時を経るごとに美しくなっていきます。アネット・ベニングの演技は静かながらも圧倒されます。
他に出てくる主な男性は、エリザベスと情事を持つ上司のポール(サミュエル・L・ジャクソン)と彼女の隣人である既婚男性。カレンの昔の恋人トム(デヴィット・モース)、そしてルーシーの夫です。ルーシーの夫を除くと、どの男性も気軽に女性と肉体関係を持つ男たちです。
ルーシーの夫は真面目で、養子縁組をしたいという妻の願いを一度は受け入れるのですが、後に「自分の子どもがいい」と言って拒否します。
上司もまた、妊娠して職場を辞めたエリザベスに対し、「お腹の子どもが自分の子どもだったら責任をとる」と言うのですが、その言葉の前置きとして他の女性とうまくいっている話を持ち出すなど、無神経な一面もあるんですね。あの場面は心からエリザベスのことを考えていたとは思うのですが……。
親子の定義において、この作品では二つの考えが出てきます。
一つは男性たちが示した「血縁」、もう一つは血縁よりも「共に過ごした時間」が大事である、という考えです。
しかし、最終的に示された親子の形は、血縁も時間をも超えたところにある「母と子」の繋がりの強さでした。
「母になる/子どもを持つ」こと(出産経験の有無ではない)によって生まれる母と子の絆は、誰も入ることを許されないほど堅く、強く結ばれていました。それはもう理屈ではありません。
気付いたら分厚い透明な壁が母子の周りを覆い囲っていたとでもいうか。入っていくことのできない世界に、彼女たちはいたんです(すみません、うまく言葉で表現できないです)。
そして私もまた、母とそのような世界の中にいるのだということを教えられました。
実感あるかと問われれば、あるとは言えません。しかし、私と母の間にもこのような絆があるのだろうかと思うと嬉しかったです。それは心強くもあり、見終わった後には言い様のない安心感さえ抱いたのでした。
母としての自覚が芽生えて変わっていく女性を、ロドリゴ・ガルシア監督が美しく描いています。
展開にはやや無理も見られますが、それぞれの女性たちを見放さず、希望へと導くラストは優しさに溢れ、鑑賞後はあたたかい余韻に包まれます。
唯一、エリザベスが物語序盤に住んでいたマンションの隣人女性の扱いに関しては納得できない部分がありました。エリザベスは妊娠していた彼女の夫を誘惑するのですが、3人のヒロインと、彼女たちと密接に関わっていた女性たちには優しいのに、この隣人女性の扱いだけがひどかったように思います。
隣人夫婦のその後は描かれないんですよね。2人がどうしたのか、気になって仕方ないです。彼女は妊娠していました。夫の不倫がわかったら、お腹の子どもに影響がある可能性は大きいわけで。
でも、映画としては彼女が妊娠していることに意味があったんですよね。それもまた一組の母と子の物語(のかけら)であって。
余韻はいいのですが、物語を振り返っていくと苦いものが蘇ってきます。
前記のように、性格や生き方など、欠点のない女性たちではありません、もちろん。
ただ、共感はできなくとも、彼女たちの傷みは伝わってきます。
エリザベスの結末は個人的には残念だったのですが、それが彼女の生き方の哀しさであり、罪深さでもあるんだと、終わった後に自分を納得させました。
そう、エリザベスを演じたナオミ・ワッツは当時妊娠しており、彼女が触れていた大きくなったお腹の中には、本当に彼女の赤ちゃんがいたそうです。
指で優しくお腹をなでるシーンはとても印象的でしたが、あのシーンにはもう一つの母と子の物語が隠れていたんですね。
アネット・ベニングの演技は特に光っていましたが、他人と親しくなることを極度に恐れて生きる孤独なエリザベスを演じたナオミ・ワッツも素晴らしかったです。
そして、美人なんですねえ、彼女。同性から見ても溜め息がでちゃいます。
あ、最後に。邦題についても触れておかねば!
これねえ、やっぱり違うよね(苦笑)。映画を見た後、原題の意味がより深く染み入ってくるんです。もったいないなあ。。
『愛する人』 (英題:MOTHER AND CHILD) 公式サイト
2009年/アメリカ・スペイン/2時間6分
監督・脚本:ロドリゴ・ガルシア
製作:ジュリー・リン / リサ・マリア・ファルコーネ
製作総指揮:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
撮影:ハビエル・ペレス・グロベット
音楽:エド・シェアマー
キャスト:ナオミ・ワッツ、アネット・ベニング、ケリー・ワシントン、ジミー・スミッツ、サミュエル・L・ジャクソン 他