ひと気のない公園で、ベンチに腰掛けようとしたその時にはもう、私の体は彼の腕の中にあった。
腰を下ろしたのと同時に、彼の右手が私の頬に触れて。これまでに見たことのない真剣な眼差し。何度も重ねられる唇。彼の腕の中で、私の体はほどけていった。
公園を出てしばらくして、イヤリングが片方なくなっていることに気付いた。
「さっき落ちたのかも」
公園に戻ろうと言う彼に、私は首を横に振った。
まだ熱い耳たぶを触りながら、これでいい、と思った。残った片方は、思い出の箱の中にしまっておこう。
憧れていた彼と、こうなることは望んでいなかった。
ただ、小さな、淡い思い出を作りたかっただけだった。
そうなるはずだった二人だけの食事の記憶は消え、人生で一番甘くて官能的なキスと、イヤリングを片方なくしたことだけが私の脳裏に刻まれている。
あの春の夜、私は何を得て、何を失ったのだろう。
別れの季節だった。憧れと恋の隙間に落ちたまま、私は彼の前から去った。